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日・・・錦港湾   2009年2月

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5月29日(金)

翼の家完成見学会

5月16日(土)

S氏コレクション展  都城市立美術館

鹿児島在住のS氏からの寄贈品の初公開らしい。さほど期待してなかっただけに意外であった。これほどのモノを寄贈するS氏とはどういう人であろうか?ともあれ、久々のうれしいニュースである。美術館にはおおいに宣伝して欲しいし、できれば常設にしてもらいたい。繰り返し見ることで理解も深まるし愛着もわく。郷土に関連する作家のみにこだわるなんてナンセンス以外のなにものでもない。油彩から水彩、版画と作品作家ともに多岐にわたっており、しかも国内外の一流どころである。どこかで耳にした人も多いはずだ。簡単な紹介は「イベント欄」で紹介しておいたのでここでは省くが、是非足を運んでほしい。繰り返すが是非常設にしてもらいたい。

5月9日(土)

やねだん再訪  ( 串良町 )

やねだん在住の彫刻家中尾さんにローマから帰省中の彫刻家源さんを紹介すべく久しぶりにやねだんを訪ねた。折りしも、以前国会で麻生総理にやねだんを紹介した尾辻参院議員が訪問、講演中でSPの姿が物々しい。以前にも増してマスコミの取材や視察団が多く、アーチストにとっては励みになっているようである。あらたに馬小屋がわずか2ヶ月弱で美術館に様変わりしていてそのすばやい行動力に彼らのやる気が窺える。

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遠方に見えるのがSP。ギャラリー隣の公民館では尾辻議員が講演中。以前足欲だった所に現在は陶芸家の釜が据えられている。

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     めだかの池                           やねだん美術館

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        迎賓館1号棟と画家のアトリエ
  
写真は広場の一角と新たにできたやねだん美術館。ぐっと充実してきた。石と鉄の違いはあれ同じ彫刻家同士、話がはずむ。2月末迎賓館1号館に宿泊したがここも離れがギャラリーに様変わり、スペイン旅行でのスケッチで埋められている。その数の多さに感心すると同時に、画家と建築家のスケッチの視点と表現の違いが大いに参考になる。

4月27日(月 )

オープンハウス

本サイトの「ニュース欄」で案内済みのオープンハウス(住宅完成見学会)が無事終わりました。協力頂いた関係者の皆さん有難うございました。なお、クライアントの好意により5月中旬まで見学できます。見学を希望される方は中岡の携帯090-2084-1000までご連絡ください。

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3月16日(月)

彫刻家 源敏彦 MINAMOTO TOSHIHIKO

彫刻家 源敏彦については前回わずかに触れた。触れたついでに彼のプロフィ-ルを紹介しておきたい。鹿児島県大島郡伊仙町生まれ。創形美術学校(東京・池袋)造形科を卒業、1975年にイタリアに渡り、以来30年以上ローマで創作活動を続け、その作品はイタリア全域に及んでいる。現地では通称「ゲンチャン」の名で親しまれているらしい。その作品はホームページ WWW.minamoto.it に詳しい。

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3月11日(水)

日本画家 田中一村

当地出身でローマ在住の彫刻家 源さんが帰ってきた。昨夜は久しぶりの再開で痛飲、気がついたら な、な、何と早朝4時半。芸術談議は時を忘れ、我を忘れる。読み終えたばかりの一村が話題の中心だったか?。一村といえばその作風からルソーが思い浮かぶが、南の島に住み付いたことから日本のゴーギャンとも評される。 源さんの意見は若冲である。そんなこんなで話は尽きなかったが詳細は覚束ない。源さんとは同年でもあるが、一昨年、同時期に胆のうを執った仲?(我ながら付き合いが良い)でもある。
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亜熱帯を描いた日本画家・・・日本のゴーギャン 田中一村伝

3月7日(土)

展示会

強行スケジュールではあったが久しぶりに住宅建材メーカーの展示会に行ってきた。都城~福岡間の日帰りは早朝出発してもかなりきついが、実物に接する以上のことはない。カタログ写真等では日常的に接触する機会の少ないクライアントに対して、特にそのスケール感において決定的に説得力に欠ける。直に見たり触ったりして、感じて確かめることが重要である。インターネットでどんな情報でも瞬時に手に入る時代であるが、だからこそ体感する事の大切さをあらためて思う。

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2月22日(日)

  やねだん

鹿児島の美術家に誘われ、行政に頼らないユニークな村おこし運動で全国的にも有名な鹿屋市串良町の柳谷集落、通称”やねだん”を訪ねてきました。過疎化で空き家になっている民家数棟が迎賓館として用意され、全国各地から画家、陶芸家、写真家、彫刻家等の芸術家が移り住んでおり、我々も一泊お世話になりました。といってもメインギャラリーで酒を酌み交わしながらの熱い芸術談義は留まるところを知らず、宿泊先の迎賓館へ移動、さらに鹿児島の舞踏家集団の若者3人が加わり、深夜に及ぶ議論に久々に刺激を受けた次第です。

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錦江湾に沈む夕日・・・インドに負けてない!       歓迎会         ギャラリー前の通り

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ギャラリーやねだん            ギャラリー内部         土着菌芋焼酎”やねだん”       

2月2日(月)

 インド ・ ネパール ・ タイ

1週間の旅でタイ(バンコク)~インド〔ラージギル,サルナート、ブッダガヤ、ベナレス)~ネパール(カトマンズ)を巡って来ました。詳細は視て歩き(海外)でアップしていきます。

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インド        タイ・スワンナプーム国際空港(ヘルムート・ヤーン設計)  ガンジス川のご来光

タイ・バンコクのスワンナプーム(黄金の土地の意味)国際空港の広さは成田空港の3倍で世界1だそうである。設計はドイツ系アメリカ人のへルームート・ヤーン。以前、同じヤーン設計のシカゴのイリノイ州立センターを見て、役所の建築で、その大胆な色彩の総ガラス吹き抜けに驚いた記憶がよみがえる。空港の施工にJVで日本の竹中、大林が参加していたのを知ったのは帰国してからのことである。また、東京駅を挟んで立つ完成したばかりのサウス、ノースグラントウキョウ両ビルもヤーンのデザインである。驚いたことに保存問題でゆれている東京中央郵便局の新しいガラス高層プラン(JPタワー・38階建て)がヤーンの美しいドローイングで発表されていた。例の如く低層部に申し訳程度に既存建築の一部を残す保存方法に批判の声も上がっているとか。

1 月11日(日)

エッシャーの迷宮世界展

宮崎県美術館で開催、その初日に行ってきた。初日のみポスターがもらえる。立体に携わっている者にはエッシャーの幾何学やトルンプ・ルイユ(だまし絵) の世界 は大変興味深い。作品の殆どが版画でモノクロ、細密でやや目が疲れる。エッシャーの父が明治期にお雇い外国人として(土木技師)日本にいたことやエッシャー本人も建築装飾を学び版画家に転向したことなど今回始めて知った。建築関係者には特にお進め。

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12 月28日(日)

OPEN HOUSE

都城三股の家のOPEN HOUSENに行ってきた。設計は福岡を拠点に活躍している末廣香織(九州大学准教授)、宣子夫妻主宰のNKSアーキテクツである。住宅のOPEN HOUSEはプライバシーに関わるだけに、オーナーの好意なくしては実現しない。今回は幸運にも門戸が広いことを新聞チラシで偶然知った。それでも同業者の見学は一般的に歓迎されず、こちらもつい遠慮がちになるのであるが、設計者自らの親切な応対も含め、地方でこのようなチャンスに恵まれたことに感謝したい。各種メディアの論評が待たれるところであるが、小住宅とはいえ、オーナーへの回答のみならず、当然のことながらその社会性を前提として、西洋伝来のモダニズムと、わが国古来の住まいとの融合という手法(この用法こそ設計者の個性であるが、もちろんそれだけではない。)によっての新たな提案であることは間違いない。

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卍型の外観

■12 月20日(土)

再生

パソコンがぶっ壊れ、HPのみ2週間ぶりに、やっと本日復旧した。その間、暇にまかせて読書三昧。読書不足は読書によって補う他ない。また、プロフィールのページで案内していた扇形の家に、一年を要したが新しい住まい手が現れ、こちらも生き返って一安心。契約で前住人の住む久留米市まで一っ走り。ここの棲家もたまたま変形で、住人曰く、「今までいびつな家で住み慣らされてきたから苦にならないわ」・・・・・? どちらもしぶとい。

12 月6日(土)

CRANBROOK IN JAPAN 2008 (リビング・デザインセンターOZONE)  

所属している東京三州倶楽部の忘年会出席のついでに、話題のフェルメール展他、アートシーンを駆けずり回ってきた。(限られた日数で、あれもこれもとつい欲張ってしまうのは生来の貧乏性ゆえか。)以下、その報告。建築関係は旅(国内編)に掲載。

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                                        パンフレット

建築、デザイン、アートの各領域に多大な影響を与え続けているアメリカの大学院クランブルック・オブアートに学んだ有志による展覧会。建築、デザイン、(プロダクト、ジュエリー、製品・環境、グラフィック、インダストリアル、インタラクション)、造形作家、ファイバーアーチスト、織造形、陶芸作家等総勢29名。建築家の出展は椎名政夫他5名。新宿のOZONEプラザは、家作りに関するサポートが、ショールームや図書を含めて充実している。

12 月5日(金)

「巨匠ピカソ:魂のポートレート展」(サントリー美術館)

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              会場:ミッドタウン3F
パリ、マレ地区に位置するフランス国立美術館の改装により実現したもので、ピカソが最後まで手元に残した作品約60点が展示してある。巨匠パブロ・ピカソ(1881~1973)は、生涯を通じて内なる心に向き合い、自らの人生を作品創造に反映させた画家であった。彼が残した数多くの自画像、あるいは間接的に自己を投影した作品の数々は、ピカソ芸術の本質を表している。ピカソの魂の叫びともいうべき自画像とその周辺の作品を、心行くまで堪能できた。やはり絵画は(絵画に限らないが)何回でも繰り返し見るべきであることを実感。

吉岡徳仁ディレクション[セカンド・ネイチャー」展(21-21DESIGN SIGHT )
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21_21 DESGN SIGHT

21-21デザインサイトの設計者である建築家「安藤忠雄展」に続き、訪れたのは今回で3回目。たまたま、チケットが無料で手に入ったが買ってでも見るべき。これからのデザインの方向性を暗示している。建築のほうも、設計者の安藤忠雄が驚くほどの建築オタクの現場所長が、現場に寝泊りで入れ込んだにも関わらず、(以前、直接所長の説明を受けた。本人はオタクを越えてもはや宗教の域ですとのたまわった。)時を経て訪れると建築の粗も少しずつ見えてくる。かくも建築はむつかしい。

「GOOD DESIGN EXHIBITION 2008」(東京ミッドタウンデザインハブ)

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展示場                              建築部門  

一昔前は天然資源に乏しい日本は知的資源を国策の根幹に据えなければいけないという考え方が強くあった。デザインは天然資源に恵まれない我が国の重要な知的資源のひとつであり貴重な財産である。我が国を取り巻く情勢は、より複雑かつ高度になってきている。コンピューターネットワークを中心とした高度情報社会、出口の見えない環境問題、こうしたさまざまな問題とデザインがどのように向き合ったらよいのか、近未来の生活者の立場から、応募作品の評価の基軸を人間やその生活を中心に置いていく。審査委員長内藤廣を中心とする審査委員のあらたな挑戦である。

12 月4日(木)

フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち (東京都立美術館)

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平日でも待ち時間、約1時間。フェルメールがその生涯で残した作品わずか30数点。本国オランダでもデルフトの芸術家による名作がこれほど一堂に集うことは稀有であるという、一生に一度しかめぐり合えることのない奇跡の展覧会だという。感想を言葉にできるものではないし、する必要もなかろうというのが感想。     
              
「ウ‘ィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展(国立西洋美術館)

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ロダンの彫刻と西洋美術館

一度聞いたぐらいでは覚えられそうもない日本では無名のデンマークの画家だが、その作品はまさに詩情たっぷり。殆どは女性(モデルは妻)の後姿と人気のない室内風景。特に室内を描いた作品は建築を業とする者としてつくづく見てよかったと思う。感動とは違う一種の軽いショックである。

11月29日(土)

報恩講  荘厳 飾り餅作り

手馴れた門徒の前では手伝いにもならず、邪魔にならないよう殆ど見てるだけ。報恩講の荘厳(しょうごん)がどのようなものかも知らず恥じるのみだが少しずつでも親しんで行きたい。何れにしても始めて見たので紹介しておきたい。

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境内                製作過程→1個作るのに大人2~3人掛かり
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細かい手作業である。1個が約1時間半~2時間で完成。 美しい!
   
報恩講 ~浄土真宗をしのぶ行事~

●親鸞(しんらん)聖人の徳に報います

 報恩講は浄土真宗門徒(信徒)にとって、一年中でもっとも大切で、親しみ深い行事です。浄土真宗の御教えを明らかにしてくださった宗祖・親鸞聖人の法要だからです。

 聖人は弘長2年(1262年)11月28日、90歳の生涯を京都でとじられました。そして聖人ののこされた徳をしのんで、毎月28日に門徒たちによって、お念仏の集まりが行われるようになりました。これがさらに大きく広がって、本願寺第三世の覚如上人によって法会(ほうえ)の基本となる形ができあがりました。そしてこの法会の集まりを「講」というようになりました。聖人のご恩に報い、お念仏を一層ありがたく味あわせていただこうということから「報恩講」と呼ばれるようになったのです。
●本山とご家庭のおつとめ

 おつとめの期間は、東本願寺(真宗大谷派本山)では11月21日~28日までの8日間、西本願寺では1月9日~16日(新暦にあらためた日程)までつとめられます。さらにこの期間と前後して、お寺を中心に一般の家庭でもおつとめをします。大阪、京都など本山に近いところにお住まいの門徒様のご家庭では、あまり報恩講を行いませんが、ぜひおつとめいただきたいものです。
おつとめは特別むつかしくはありません。秋から冬にかけて家族そろっておつとめできる日にご住職におまいりいただき、正信偈(しょうしんげ)《聖人が示された浄土真宗のもっとも大切な教えが説かれたもの》をあげましょう。この時のお仏壇の荘厳(しょうごん)《お飾り》は、ローソクは赤、打敷(うちしき)は金襴などのあざやかなものにします
11月16日(日)

ふるさと緑陰講座・・・その後

昨日1冊の本が届いた。津村節子先生からで送迎等のお礼である。奥付を見ると2008年6月30日発行でおそらく最も新しい著書であろう。同じ丹羽門下の瀬戸内寂聴といい一流作家に共通する年齢性別を問わないその創作意欲には恐れ入るばかりで心して読みたい。

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 ■ 11月14日(金)

ここのところ、実務的な本ばかり手にしてきて久しぶりに小説を堪能した。といっても殆どノンフィクションである。ふるさと緑陰講座で講師にお迎えしたばかりの女流作家津村節子の自伝「瑠璃色の石」、時代は上って北康利著「白州次郎 占領を背負った男」、さらに上って大西郷に関するもの、私心というものの持ち合わせがなく己の心の命ずるままに行動する先達の姿は痛快でさえある。

 ■ 11月9日(日)

ふるさと緑陰講座 津村節子先生送迎

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小村寿太郎記念館                          宮崎空港

ノンフィクション小説「ポーツマスの旗」で小村寿太郎を正しく評価された津村先生のご主人故吉村昭先生を偲び、飫肥の小村寿太郎記念館をどうしても訪ねたいとのご希望でご案内致しました。そこでまた新しい感動が生まれ(詳しくは反省会で)ご案内して本当に良かったと思います。

お蔭さまで無事終了致しました。ご来場の皆様有難う御座いました。関係者の皆さん、本当に御疲れ様でした。

津村節子先生、大河内昭爾先生には本当に御無理をお願いしました。感謝してお礼を申し上げます。

 ■ 11月8日(土)

ふるさと緑陰講座津村節子・大河内昭爾両先生送迎

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嘉例川駅                塩浸温泉           霧島神宮

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関の尾の滝甌穴郡見学       関の尾の滝      講演会後の書籍サイン会 
      
関の尾の滝ではちょっと立ち寄って記念写真でも、のつもりが大河内先生久しぶりの事もあったりで一周してしまいました。小雨で足元の悪い中、高齢、病後ではらはらし通しでしたが滝の水量が多かったことで少しは救われた思いです。

 ■ 11月7日(金)

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第19回ふるさと緑陰講座がいよいよ明日に迫りました。今回は待望の小説家津村節子さんをゲストに迎えて大河内先生との対談が設けられます。
講題 津村節子「ふたり旅」  大河内昭爾「同人雑誌評35年」
お二人の略歴等や講演の詳細は「ニュース」欄を御覧下さい。
また、恒例の昼食会は翌日11月9日11時より12時半まで庄内町の願心寺であります。

 ■ 11月3日(火)

都城島津音楽祭

売却の危機に瀕していた都城島津邸が、同じく既に解体が決定していたものの土壇場で誘致決定の宮崎産経大が都城市に借入を申し出危機を脱した都城市民会館と同様、急転直下保存が決定したのを機に都城島津音楽祭が島津ゆかりの各地で催される。昼の島津邸に引き続き夜は摂護寺であり行って来た。観光協会が頑張っている。詳細はニュース欄参照。絵画の山内多聞展は招待券での2度目の鑑賞。

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摂護寺御堂コンサート

10月28日(火)

日本画家山内多門生誕130年展

多門が帰ってきた

市立都城美術館でじっくりでは無いが鑑賞してきた。それでも1時間程かかったがそれほど数が揃っていた。墨画、淡彩、彩色、細密画的な巻物から軸物は当然として襖絵、屏風絵など小品から大作、スタッフの労苦が察せられる。なかでも旅のスケッチ帳や下絵ははうれしい。元来が制作過程や発想がうかがえる素描が好きで素人鑑賞者には参考になる。墨画、淡彩、彩色の違いを予想しながら視ていったが結構はずれた。途中、偶然学芸員のHさんに会ったので質問し、丁寧な解説を受け納得したが科学的に明確な区分けでは無いという。11月9新日曜美術館のアートシーンのコーナーでも放映される。入場料大人800円。11月いっぱいまで。

10月18日(土)

建築家 村野藤吾展

10月の連休を利用して汐留の松下館で開催中の建築家 村野藤吾展に行ってきた。会場は手作り感に満ち満ちていて村野ワールドを充分堪能する。丹念に描きこまれた手描きの原図、粘土のモックアップ、水彩で彩色された内観パース等、ものつくりの原点に触れるも最近の世相の中でどこまで徹底できるのか全ては己の心がけ次第と自覚を新たにする。

※ 村野藤吾-建築とインテリア
     ひとをつくる空間の美学

概 要  村野藤吾の独創性とヒューマニズムがもっとも顕著に表れている「インテリア空間」 を中心に据え、約20作品を、図面、写真、模型、家具などから紹介し、その業績を広く展覧。

会 期 2008年8月2日(土)~10月26日(日)
10:00-18:00(8/11~18・月曜休館、9/15・10/13開館)
入場料 一般500円 大高生300円

会 場
問合せ 松下電工汐留ミュージアム
東京都港区東新橋1-5-1 松下電工ビル4F
Tel:03-5777-8600
URL:http://www.mew.co.jp/corp/museum/

10月16日(木)

おかげ横丁・おはらい通り

東京からの帰りの途中のお伊勢さん参り。伊勢神宮内宮に至る界隈のおかげ横丁の賑わいにはビックリする。ここの様々なアイデアは神宮と言う名所を控えてない地方でも充分生かせるだろう。

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以下概略紹介 (写真:中岡)                           木製ゴミ箱
『内宮の門前町「おはらい町」の中ほどで、お伊勢さんの「おかげ」』という感謝の気持を持って、平成5年7月に誕生させたまちが「おかげ横丁」です。
 いわゆるテーマパークではないので、入場料といったものはありません。約2700坪の敷地内には、江戸から明治にかけての伊勢路の代表的な建築物が移築・再現され、この地方の魅力が凝縮されており、三重の老舗の味、名産品、歴史、風習、人情まで、一度に体感していただけます。

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 江戸末期から明治初期の風情をテーマに、伊勢路の代表的な建築物を移築、再現しています。特徴は、伊勢人が“神様のお住まいと同じ平入りでは恐れ多い”と妻の部分に玄関を設けた「妻入り」と、雨風の強い伊勢ならではの外壁の仕上げ「きざみ囲い」などが主です。建築材料は、トガ(栂)材を使用しています

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※12月14日現在
所在地 三重県伊勢市宇治中之切町52番地(店舗によっては地名や番地が多少異なる)
敷地面積 約2,700坪
運営管理 有限会社 伊勢福 (1992年9月28日設立)
総事業費 140億円
営業時間 年中無休
四~九月は9時30分~18時
十~三月は9時30分~17時
(一部飲食店延長あり・繁忙期は特別設定)
入場料 無料(おかげ座のみ 大人300円 子供100円)
店舗数 43店舗
施設構成 28棟(飲食9店舗 物販30店舗 美術館・資料館・計4館)

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             切妻妻入りの家並みが続くおはらい通り
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                                    おかげ横丁路地の一角

江戸時代、当時の人口の1/5にあたる人々が、日本全国から「伊勢に行きたい伊勢路が見たい せめて一生に一度でも」と伊勢へ押し寄せました。居住移動することを制限され、満足な宿泊施設もない当時の参宮は、まさに命懸けの旅であったことでしょう。
 しかし、伊勢の人々は、自分の施しが神様に届きますようにと「おかげの心」で「施行」と呼ばれる振る舞いを行い、物・心の両面から旅人を支え、あたたかく迎えたと言われています。時代は変わり、平成の世となりましたが、伊勢人の中には、日々あることを神に感謝する「神恩感謝」の精神が受け継がれています。そして、自然の恵みに感謝し、日々おかげさまの心で働く、伊勢人たちによって息づく町、それが「おかげ横丁」です。

  ■ 10月15日(水)

伊勢神宮

東京~名古屋の帰りに念願の伊勢に立ち寄った。さすがに神国日本の古里で、連休とはいえ老若男女問わず人の多さはその便の悪さにも関わらず大したもので感心する。聖地ゆえ立ち入り禁止、撮影禁止が多いが杉木立の中に身を置くことは好きである。

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 五十鈴川                 内宮

9月27 日(土)

落語

地方にいて直に落語にふれる機会は少ない。いや、落語に限らず文化そのものに接するチャンスが少ない。有名な絵画展などその殆どが福岡止まりである。だからこそ、こういう機会は有り難い。寺の恒例の行事であるがスタッフの一員として参加させて頂いている。

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   打ち上げ風景                 

9月13 日(土)

 美しくあれ  ・・・レンゾ・ピアノ(建築家)

  [べレッツァ=美」という言葉を選んだのは、心の美しさなしには語れない言葉だからです。「美」は、見た目の美しさだけではなく、精神的な美しさを意味します。女性の美しさとは心の美しさです。美しい友も同じです。
 それに、見た目が美しいものは機能性にも優れています。美と言うものは外見的なものではなく、精神的なものと分かちがたく結びついています。心が美しい人は、その内面がにじみ出て、本当に美しい。
 建築は、そういう意味で美しくあらねばならないと思っています。
 建築には、外面とか内面とかいった区別はありません。双方はふたつでひとつです。美が、なぜこれほどまでに人生の中で大切だと思うかというと、美しいと感じる気持ちは、とても強い芸術的な感情だからです。
 美しいと感じる気持ちは、富や権力、勝利を求める激しい感情の動きに匹敵する数少ない感情のうちのひとつでしょう。実際、これらの感情が強烈なのは理解しやすい。負けがあるから勝利があり、貧困があるからこそ富があり、弱さがあるからこそ強さが存在します。
 しかし、[美」はそれと相反するものを持っていません。美そのものが芸術で、それだけで素晴らしいもの、そして、強い感情なのです。ここで言う、真の、本物の美とは、すばらしい感情です。その他の強烈な感情に匹敵するほどの。 9月6 日(土)

ふるさと緑陰講座

本好きが高じて、発足当初からスタッフの一員として参加している、ふるさと緑陰講座 の第1回実行委員会が、昨夜、庄内町の願心寺書院で行われた。

 早いもので、今年で19回目を迎える。講師は庄内町出身で文芸評論家・現武蔵野大学名誉教授の大河内昭爾先生。毎回、先生の友人をメイン講師として迎えるという設定で、今年は女流文学者で、吉村昭夫人の津村節子さんとの対談形式。

思い返せば、第一回が俳優の林隆三氏との対談でスタートし、大盛況であった。久しぶりの対談形式で、どんな話が飛び出すか、今から楽しみである。

※ お二人の略歴など講座の詳細は「ニュース」をご覧ください。演目はまだ未定です。参加費無料。多数のご来場をお待ちしています。

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島津久光公の書(正二位と在る)         願心寺でのスタッフ会議の模様        

9月3 日(水)

「建築は力のある者、強い立場にある人間がつくるものだ」
建築家 鬼頭梓

インタビューの中で強く印象に残った言葉である。最初は何を言われたのか分からなかった。でも、お話を聞くうちに、「建築家は『市民のために』と簡単に言うけれども、建築は本当に使う人や、そこで働く人の思いを受け止めるように設計されているだろうか。そのことを建築家がいつも自覚していないと、知らずに実際の利用者とは関係のない発注者の都合に合わせて建築をつくることになってしまう」というのが真意であることを理解した。

*以上、建築史家の松隈洋氏の文より一部を抜粋

たしかに、その部分を聞いただけでは誤解を招きそうな言葉である。おそらくは、鬼頭氏が公共建築、特に図書館建築の第一人者だっただけに、そういったものを対象にした言葉であろう。

ただし、 発注者=市民=利用者である個人住宅の場合はもう少し説明が必要である。個人住宅の場合、発注者の都合に合わせることとその思いを受け止める事が先行する。だが、それだけでは建築家の役目を果たした事にならない。

発注者以外の市民、つまり、公共性、社会性,環境等について常に自覚的であらねばならない。「建築は力のある者、強い立場にある人間がつくるものだ」 は、建築家として自主独立の立場を貫き通す姿勢の重要性を説いたものである。従って、当然個人住宅も該当する。

9月1 日(月)
追悼 
建築家鬼頭梓氏の訃報を昨日の新聞で知った。

JIAの会長を請われて2期連続4年間勤められ、UIA世界大会では、北京・バルセロナと偶然、同じコースで行動を共にするという僥倖を得た。

近代建築の闘将、前川國男の元番頭格で ”気骨ある建築界の良心” というのが私の鬼頭氏に対しての印象である。

公共建築の設計入札制度に対して、入札をしない建築家の会に積極的に参加されたりと、一貫したその反骨精神と裏腹に旅先での印象は、ソフトで柔和、常に一歩引いてる感じの物静かな老紳士であった。

また、下は30歳代から上は80歳代まで、スケッチブックやカメラ片手に動き回る建築バカを尻目に、ひとり静かにじっと、まるでその建築のエッセンスの全てを味わいつくし、脳裏にしまい込むように鑑賞されていた姿が思い浮かぶ。合掌。

8月31 日(日)
坂口安吾(作家)
無頼派作家 坂口安吾 を知る事になったのは、まさに偶然であった。

およそ、本とか読書などとは縁のなさそうな、東京時代の先輩によってである。当時、会社の寮として一緒に住んでいたマンションの一室に、安吾の「堕落論」が無造作に放り投げられていた。

表題を見て、なるほど破天荒な先輩らしいなと思いつつ、手に取ってパラパラめくるうちに衝撃を受けた。19歳の時であった。

そしてその後、安吾の著作には随分救われ、多くの影響を受けた。

ナチスドイツを逃れ、日本を訪れている時ものした、建築家ブルーノ・タウトの「日本文化史観」に対しての、安吾の「日本文化私観」は、建築を業としている者にとっても大変興味深い。

小林秀雄については、安吾の随筆や対談があり、二人の関係性が面白い。エッセイ哲学?の池田晶子が存命中、西田幾太郎や田中美知太郎など並居る他の先輩哲学者を差し置いて、小林秀雄のみを唯一尊敬できる人物として取り上げていたのが記憶に新しい。

8月 13日(水)

小林秀雄(批評家)

「独創は本来、珍奇なものでも、華やかなものでもない、心を傾けて自分の資質が表現できれば、いつも独創的表現になるのである。」

人生の鍛錬 小林秀雄の言葉より

はじめから華やかさや珍奇さを狙ったものを独創とは呼ばない。

本来そのようなものではないのだが、誰にでも成しうる事ではないだけに、結果的に他人の目にそう映るだけの事である。

この箴言のミソは「心を傾けて自分の資質を表現する」というところにある。心を傾ける事も、自分の資質を知る事も、ましてや、それを信じて表現する事もそうたやすい事ではない。

全ては心を傾ける事に始まる。それを才能と呼んでいいのかもしれない。北京オリンピックを見ながらそんなことを考えている。

8月 3日(日)
  本  2冊ともデザイン系の本
伝統の逆襲  日本の技が世界ブランドになる日  奥山清行著   祥伝社
デザインの深読み  坂井直樹著   装丁 原研哉  イラスト 日塔なつ美  トランスワールドジャパン
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7月 25日(金)
現場
物価高騰の煽りを受け工費調整で大幅にずれ込んでいた計画をようやく着工に漕ぎ着けた。

昨日,縄張りで建てる位置とベンチマーク(基準となる高さ)の確認。600坪の敷地をフルに活用した設計で余裕は有る様で実は無い。

人は,与えられた或いは自ら確保した枠の中で目いっぱいの要求を抱くものである事を,長年の経験の中で学んだ。

その枠とは,敷地の場所や広さや形状であったり,予算の多寡であったりする。そして,大抵はその要求の方が現実を上回っている。

したがって、もう少し土地が広かったら・・・もう少しお金があったら・・・などと考える事自体が意味を成さない。あらゆるプロセスを経ての結果で現在に至っているからである。

唐突だが私はモノつくりの現場というものが何よりも好きである。特に建築という共同作業の場合、新しい出会いの中で共通の目的に向かって,それぞれその道のプロが寄ってたかってひとつのモノを作り上げる。それが建築というモノつくりである。

猛暑の現地の中で,これから少しずつ形を成していくであろうその姿にあらためて想いを馳せ想像を膨らます。毎回の事ながら,新しい出会いの中での新たな闘いの始まり。

その目的・闘いとは良いモノ、いわゆる単なる「建物」でしかない形而下のモノを「建築」という形而上のモノへと止揚していく苦しくも楽しい闘いである。

であるからこそ、できうる限り数多く現場に顔を出し、その都度、考え、迷い、決断し、つまり設計は続いていくのである。何も無いゼロの状態からスタートし、最後の最後まで関わっていく設計監理者という立場で,今回もまた現場にまみれる事になるだろう。

7月 11日(金)
品格
作家新田次郎、藤原ていの子息で数学者兼作家の藤原正彦の著書「国家の品格」以来品格ばやりである。

書店を覗くと「女の品格」、「男の品格」、「親の品格」、あげくの果ては[子供の品格」・・・?もたしかあったような気がする。ずらりと並んでいる様を見ると,むしろこちらのほう(出版社)にこそ品格を求めたくなる。

独創性を重んじる作家本人自ら,2番煎じ、3番煎じのタイトルなど採用する筈がないからである。などと考えるのは短絡に過ぎるかもしれない。そこには,当然その事にOKを出したか,或いはそれに屈した作家本人がいる。

いずれにしても,売らんかなの心根の卑しさが見え透いていて,端(はな)から手にする気になれない。品格というよりは,むしろ品欠くか貧格ではないかと言いたくなる。

周囲を見渡しただけでも,似たような例を挙げるのに事欠かないどころか増していく一方である。そしてそれは,必ず表現されたものに表れる。ごまかしの効かない表現の世界のこわいところである。

憎むべきは,それを恥としないその心根の卑しさにある。文学と建築の違いはあれど,同じ表現者として特に自戒すべきであると,心得ておかねばならない昨今である。

7月 5日(土)
コンサート
酔った勢いで約束したらしいコンサートなるものに知人親子と行ってきた。
場所は宮崎県立劇場。正しくはメディキット県民文化センター演劇ホール。
演目 ”美しい映像と音楽とお話でつづるコンサート” [絵本作家 葉祥明 の世界」。 
要するに絵本作家 葉祥明 の絵本を,映像をバックに俳優のナレーションとピアノ、トランペットで立体的に表現するというもの。
葉祥明が建築家 葉祥栄 の兄弟で熊本県出身、俳優の 榎木孝明 が鹿児島県出身で武蔵美を出た画家でもあるというところに興味を魅かれての約束だったのだろう。すっかり忘れていたが,何はともあれとにかく行って来た。

音楽に関しては,音の無い世界の方が気分が落ち着くせいか最近関心が薄い。トランペットは,その世界では高名なチェコ出身の ミロスラフ・ケイマル さんという。。たしかに素人が聞いても,他と比較して音の違いははっきりしているが,私的好みとしては,遠くから聞こえてくるトランペットの音(ね)が好きだ。
ちなみに,私の世代では,イタリア産まれでその美しい音色から”トランペットの詩人”と呼ばれた ニニ・ロッソ がなじみが深い。 [夜空のトランペット」 [夕焼けのトランペット] など,思い出すだけで気分が高揚してくる。

いずれにしてもコンサートの方は,構成に無理があり感動にまで至らなかった。が、書きたいことはそのことでは無く会場である劇場の建築のことである。
完成当初から作為に過ぎる外観のデザインに興味を失い,これまで内部に立入った事は無く今回が初めてであったが、予想通り,ディテールがうるさくて,こちらの方も感動には程遠いものであった。

7月 3 日(木)
手描き
少しずつこのH・Pも,手描きの絵を増やしていこうと思い始めている。
ブログ形式のH・Pなのでデザインに限界があり、結構,ダサいのを承知の上で,更新の便利さを優先してきた。一新することも考えたがしかしそのダサさが反面,暖かさに通じるのではと思い直した。
この文章自体も,「ですます調」を避けているためやや排他的で堅い印象をあたえることを承知で書いていて、それを改める気はないことも理由の1つである。
IT化の波はもはや留まることを知らず様々なひずみを抱えながらこれからも走り続けていくだろう。
便利さを享受しつつ,反面疑問を抱きながらもやむなく追随するしかないアナログ人間として手描きの絵を増やしていく事でいくらかでもぬくもり感を出したい。少し長ったらしい絵手紙みたいなものである。

6月28日 (土 )
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フォロ・ロマーノ 水彩 F10号

先月,入会した絵を趣味とする会より,出展を求められ,安易に引き受けて描いた風景画。締め切り間際で雨に祟られ外での写生ができず、やむなく以前訪れた時のスケッチを書き直したもの。と言ってもサイズが大きくなっただけで慌しく書いたのは同じ。(タイトルだけ先に風景画と伝えてあったので人物画や静物画に変更と言う訳にいかなかったという次第。しかも,夜人工灯の下で描くと言う,邪道に邪道を重ねる事を心得つつ。)ローマの圧倒的な迫力だけは今でも体に染付いている。あの感覚は何だったのだろう。ベネチアやフィレンツェでは全く感じなかった圧し掛かってくるような重圧感。絵の方は未熟なせいでなんだかテーマパークの作り物の石みたいになってしまったが、こんな水彩とも淡彩ともつかない絵ではとてもあのとき感じた不思議な感覚は表現できない。やはりローマの遺跡群は油絵の世界であると,描いてみてそう思う。イタリアはそれぞれの街が個性的でその歴史性や芸術性と相俟って実に魅力に富んでいる。叶うものなら何度でも訪れてみたい。

 ■6月24日(木)
建築家と先生
いつ頃から建築家(設計者)を「先生」と呼ぶようになったのか知らないが,私は呼ぶのも呼ばれるのも大嫌いである。現場にいた頃から設計者を「先生」と呼んだことは無い。もっとも,設計者が大学教授で年輩の場合は,正真正銘の先生であるから自然とそう呼んでいたが、それ以外は,○○さんと固有名詞である。当時の上司に問いただした事がある。「センセイじゃない!センセエ~と呼んでんだよ。」と返ってきた。揶揄しているのである。同じ1級建築士でも現場のプロであり、できる人程そのプロ意識は並大抵ではない。立場が逆になった今でも相変わらず嫌いである。「先生」と呼ぶ人には「俺はあなたの先生じゃないよ」とか「早く死ねって事?」とか「何ですか、先生?」と意地悪く返すようにしている。長年の業界の慣わしに従ってるだけという人もあろうが、本人に自覚が無いだけに,実に迷惑千万である。私にとって「先生」とは,人格識見共に兼ね備えた,その世界のプロ中のプロで最も尊敬に値する特別で稀有な存在なのである。

6月22日
結露

例年のことながらうっとおしい毎日が続いている。この国の湿度の高さを痛感するのが,海外から日本に降り立った時である。むせ返るような湿気にまとわり付かれた瞬間、この国がいかに特殊な国であるかを実感させられる。初めのころは「こんな所に住んでいるんだなあ。」と慨嘆したものである。もちろん,生れ育った国なのですぐに慣れるが建築の方はそうはいかない。木造に限らずわが国の建築の耐久性の乏しさは,全てこの湿度に起因する結露対策の不完全さによる。安易な西欧のモノマネを多く見かけるが、こういう時期こそ,この国の住まい方についてあらためて問い直すいい機会だろうと自戒の意味も含めてそう思う。

6月17日

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 : □思考の補助線  茂木健一郎著  ちくま新書。   □エネルギーダイエット住宅のススメ  大宮健司著  WAVE出版。 □禅と禅芸術としての庭  枡野俊明著    毎日新聞社。

6月15日

考えるということ

設計という行為の殆どが思索する事であって、以前、或るクライアントに,「脳みそから血が出るくらい考えてくれ」 と,冗談交じりに言われた事がある。時間的制限が無かったとしたら一体いつまで考え続けるのだろうと時々思う。もっとも,数学者などは考えるのが商売でその頭脳の特性として,とにかく粘り強いという。日々の雑事に振り回されモチベーションの維持すら困難な状況の中、それでもというか、だからこそメタレベルの境地の快感は何物にも変えがたい。上に取り上げた茂木健一郎の言う「クオリア」である。

6月12日

設計変更

ガソリン等に起因する物価の高騰が続いている。建築費も,鉄骨をはじめその例にもれず、設計中の物件が大幅な予算オーバーで,設計変更を余儀なくされた。大抵のことは仕上げ材等のグレード調整で対応できてきたのだが今回ばかりはそうもいかずお互い妥協点を探ることになる。計画中止という最悪の結果だけは何としても避けねばならないという状況の中、入会したばかりの絵の会から,展覧会出品の要請がきて引き受けてしまった。自らプレッシャーをかけてどうする?と思ったがどうなる事やら・・・・。

6月10日
絵画と建築

もともと絵や彫刻が好きで建築の道に進んだのだが、スタートは現場からと決めていた。設計の道とは言え現場を知らなければ話にならない。その現場も始めは殆ど職人から教わる。生きた教科書である。高度成長期の現場は、突貫工事の時などまるまる2ヶ月休み無しという過酷さで、夜絵を描いてる時だけが唯一楽しい自分だけのひと時であった。その絵も建築に目覚めてからは建築と共にもっぱら視る事にのみ専念してきた。都市や,建築の鑑賞には,スケッチは欠かせないし、建築設計でイメージから形にいたるプロセスでのエスキースにも,数に限りがない。が、絵画とは,その目的からして全く違う。色彩についても建築でも扱うが同様である。一旦建築的なモノから意図的に距離を置くことにより未知の何かに出会えそうな気がする。その距離の置き方が新たな課題であると考えるのだが、ル・コルビュジェの場合は絵画のみでなく,彫刻も含めて建築そのものであった。そこに絵描きとしてのコルビュジエには物足りないものを感じるが、彼にとっては全てが建築だったのであろう。一日のうちの午前中は絵を描く事に費やし、午後から設計という生活を続けていたという。

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6月4日

タイトル変更

徒然日記を徒然記に変える事にした。毎日書いてこその日記であるのに書くほどの題材が無い。かといって仕事の話題は,公開日記では何かと差しさわりが生じて,自己制限をかけざるを得ない。ということで,当分は趣味の読書と絵画の話が主になろう。読書といっても,最近硬いものに取り組む時間が確保できず、やや、ストレス気味でなんとなく日々に流されてる感じ。絵画は取り組み始めたばかりで、とりあえずそっち系の入門書の紹介。

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5月27日

「縁側」の思想  アメリカ人建築家の京町家への挑戦  ジェフリー・ムーサス著 祥伝社

□世界最先端の現代建築家はなぜ、町家にハマッたのか?  [縁側」 「玄関庭」 「通り庭」 「下地窓」・・・・自ら改修し、暮らすことで見えた伝統建築の知恵の数々・・・帯

□日本固有の「優しさ」から読みとく建築と文化

15年前、一人の若い米国からの建築家が私の事務所の門を叩いた。ジェフリー・ムーサスである。その後、京都に居を定めた彼は町家のリフォームをきっかけに、新しい建築家としての境地を切り開いていく。{「縁側」の思想」}はこの間の彼の目ざましい活動を自伝的にまとめるとともに、一貫して日本固有の「優しさ」が自然との対話、建築空間のあり方、そして人間関係に至るまで存在することを、彼自身の優しい眼差しを通して発見してきた、一人の建築家の優れた日米文化比較史でもある。・・・槙文彦(建築家)

□もしあなたが日本人ならきっとこの本に嫉妬するでしょう。・・・小山薫堂(放送作家・イエラボ編集長。

著者が日本の友人に是非視るように進められた谷中の朝倉彫塑館は以前訪れていたし(建築探訪・国内編参照)、谷中界隈も歩き回っていたので、親しみを持って一気に読めた。

おしゃべりなデザイン  ニッポンのクリエイター12人のインタビュー集  聞き手:田村十七男  写真:六本木泰彦  編:real desigin

まずは表紙の装丁を御覧頂きたい。どうしても人の顔に見えてしまう・・・が、やはり人の顔でパラパラめくるページがおしゃべりするデザイナーの口という寸法。この本が対談集というところから生まれたデザイン。

客はアートでやって来る  山下柚実

現代アートを取り入れ、黒字経営を続ける温泉旅館 ・ 大黒屋73%がリピーターになるという [奇跡の宿」の正体とはーーー  

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5月23日

□ 見えるアイデア  ビジュアル・コミニュケーション・トレーニング塾  秋草孝著

基本はしなやかな感性、したたかな思考力、「アイデア」 + 「表現力」 これに尽きる。

横尾忠則  画境の本懐

一昨年の宮崎県立美術館での個展以来実作に触れてない。実演もあつたらしいが後情報で惜しい事をした。今、最も会いたい人の一人である。

□ 正義はどこにも売ってない。 世相放談70選 - 坪内祐三VS福田和也

福田和也は建築家磯崎新との共著もあり、最近は時々TVにも顔を出している。黒川紀章設計の新国立美術館の批評には同感。
□ ヨーロッパの都市はなぜうつくしいのか  佐藤敬彦著

ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか、という問いの答えははっきりしている。それは市民の美的なものへの関心が高いからである。日本では戦後、都市づくりの原理が経済効率主義のもとに置かれていることと対照的である。美的文化主義からすると、過去の遺産をいとも簡単に破壊してつくり替えはしない。古き、よき、さらにいえば、美しいものを保存し、修復し、生かして使うのが原則である。それが都市の個性であり、うるおいである。多くの名前の残らないすぐれたデザインが積み重なって都市の魅力をつくっている。ヨーロッパの都市は歴史、文化、美術の生き証人であり、その全体的な空気というものが都市を美しくしている。都市は美しく老いゆく時、一層深い味わいを増すもので、美しさとはそうした懐の深さ、ゆとりをいうのである。・・・・著者あとがきより。
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5月22日

絵を趣味とする者同士で構成される J 会 に誘われて入会した。職業柄普段からスケッチは欠かせないが建築家の場合うまく描くことを目的としない事もあってか一種独特のものがあるようだ。建築家のスケッチとしてまず思い浮かぶのがフィンランドの巨匠アルバー・アアルトとアメリカの遅咲きの巨匠ルイ・カーンである。フリーラインでソフトタッチのアアルトと、光と影を硬質な強さで捕らえるカーンとでは殆ど対照的と言って良い。そしてそれはそのまま建築に反映されている。取りあえずはあまり余計な事を考えずに手当たり次第に数をこなしていく事を目標としたい。

■5月19日宮崎県の建築としてINAXのウェブサイト 10+1 に掲載される。
                     ↓
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/2008/05/12204833.html
5月18日

感動
悶心会での若い僧との雑談が面白かった。宗教の薀蓄を専門家の口から直接聞けるのは私にとって楽しみの1つである。親が浄土真宗だからという程度の、宗教心というよりはむしろ歴史的関心の方が強いのだが、日本の古寺や神社の境内の静寂な空間に身を置く時、何とも言えない安らぎを覚える。この地域では霧島神宮は好きな空間の1つである。建築的関心から言えば奈良東大寺の南大門にはアカデミア美術館のダビィデ像(ミケランジェロ作)の前に立った時と似たような感覚に陥った経験がある。純粋に感動し、余韻を持続させたいという思いがその場を立ち去りがたくさせる。

5月15日
完成
意匠変更・・・長い時間をかけそれ相当のエスキスを繰り返しクライアントの了解も得て決定しすでに実地設計を進めている時に突然自ら変更してしまう。全てが押し詰まってきていよいよという時再度、はたしてこれがベストであろうか?と自らに問いかける。迷いや腑に落ちない点が生じたら他のあらゆる迷惑を省みずやり直す癖を相変わらず繰り返している。このことは工事が完了するまで延々と続く。やがてその工事も完了しとりあえずそれをと完成と呼ぶ。しかしそれはただ器が出来上がったに過ぎず、以後実際に機能し成長する過程において徐々に真価が問われ始める。

本:造られた桂離宮神話 井上章一著 再読。
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5月12日
商いデザイン デザインと経済はリンクしている。永井資久

著者は現役のデザイナーでほぼ同世代である。活躍のステージも規模も比較にならないが言わんとしている事には全面的に共鳴できる。おそらくこれからの企業はデザインに対する理解無しに生き残る事は殆ど不可能に近いだろう。デザインはこれからの時代のまさにキーワードである。しかしデザインに対する社会の認知度はまだまだであって、これは地方に限らずこの国全体の問題である。隣の中国等の影響で国もようやくその事に気付いて重い腰を上げたとはいえ、今のところ極一部の大企業だけだという事は予想どうりであった。いずれにしてもデザイナー、経営者共にお互いのコミニュケーション力とバランスのとれた総合的な人間力が問われる時代である事は確かである。
視覚のいたずら  長尾みのる
著者はベテランのイラストレーター。視覚芸術の基本を数多くの自作の絵や写真入りで素人向きにわかりやすく解き明かしたものだが内容は深い。比喩にとんだその魅力的な文章にうっかりすると表層だけを読み飛ばしてしまうだろう。著者の豊かな経験と深い教養のバックボーンが窺えて安心して読めるのが心地よい。30年近く前の本だが時代を超えて新しい。前掲の本に比して全体的に柔らかく余裕を感じるのは挿絵のせいだけではないだろう。

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   商いデザイン

5月7日
宮崎市高岡町のS歯科医院宮崎市役所現況確認立会い及び打ち合わせ。夕刻突然、知人のT君の焼き肉店プレオープン招待される。内装は全て手作りだと自認するようにデザインは言うに及ばず完成度に於いても素人仕事は一目瞭然であるが近年、特にこの地方では経済性が最優先されこのような例が数多く見受けられるがこの事は何もこういった一分野に限った事ではない。殆どの分野において「てげてげ」ですましてしまうのがここの地域性である。

5月5日
仕事、読書共に中途半端、 無為のうちに過ぎていく連休。節句に食す「ちまき」は地方によって其々らしい。こんにゃくとこの「あくまき」(この地方での呼び名)だけは今年米寿のお袋の自慢の手作りで子供達から甥,姪、孫達まで評判が良く皆喜んで持ち帰ると本人が言う。
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田舎に人知れず咲く 満開の藤 思わず携帯でパチリ (鹿児島県曾於市末吉町)

5月4日
スペイン在住の女流画家又木啓子さんよりメール。東京の建築家とのコラボ作品の感想とスペイン国クエンカ市の作品「太陽広場」でのイベント案内。辛口批評(タイトルが無かった。これが有る無しで鑑賞者はかなりの影響を受ける。従って的を外れているかもしれない。)を少し反省してこの場で紹介しておく。

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ご案内
初春の候 ご活躍の日々かと存じます。
私事、2006年秋、スペイン国クエンカ市(旧市街は 世界遺産登録)ビジャ.ロマン公園内にある広場のデザイン及び制作をしました。 
この広場は、直径30Mの円形で広場の南側に約7mの円錐塔が空に向かってそびえたち、 その影が広場半分の地面に刻み込まれたアナレンマによって、日時計の役目を果たしています。もう片方半分の広場には、4種類の腰掛け、仕掛けや遊び心のあるオブジェ2種、地面には、伝統的な遊びが、いつでも楽しめるように刻み込まれています。
今年2008年、この広場“Plaza TAIYO”での プロジェクトを下記に、ご案内申し上げますので、これらの時期にヨーロッパにお出かけの予定がありましたら、ご参加 または お立ちより頂けると幸いです。
A, 2008年5月23日
*この日の光の通過を確認   10.00AM、12.00PM、18.00PM 
       (オブジェ内にある“穴”が、この日の太陽光が通過するように計算してある)             
*Plaza TAIYOの制作過程 映像上映 19.00PM  *ドリンクパーティー
B, 2008年10月24、25、26日
*インターナショナル シンポジウム“太陽とアート”(日時計国際学会含む)
(学会、ラ・マンチャ州立科学博物館、Plaza TAIYO及びほかの日時計訪問、交流パーティーなど、) C, 2008年10月17日中~11月6日 
ギャラリーJamete(旧市街 c/ Alfonso XIII )にて個展
*10月17日(金)オープニング20.00pm

連絡先 又木啓子 E-mail: keikomtk@sa3.so-net.ne.jp
携帯:090-6476-5586 自宅:0986-22-4930
携帯SPAIN:(+34)646646215 自宅SPAIN:(+34)969-211

5月3日
  10年以上前に手がけた葬祭場のオーナーの父君の葬儀に出席。今までこの建築の適当な完成写真も無くここにアップできずにいたので、事のついでに携帯ではあるが撮ってきて作品集ー1に付け加えた。また、中庭や駐車場の植栽も順調に育って随分落ち着いた雰囲気になっていた。

 本 : 建築の出自 ・ 建築の多感 ・長谷川尭建築家論考集 長谷川尭著

建築を学び始めた頃 多くの影響を受けた建築家を論じた本で懐かしさも手伝って手にした。 2冊それぞれ10名と6名の建築家が登場する。 著者の長谷川尭は 昨年末、当時保存問題で大揺れに揺れ、どんでん返しで保存が決定した直後の都城市民会館を視察に訪れたばかりである。宮崎市の若手アーチストグループの招きで、その都城市民会館が講演の主題であった。設計者である菊竹請訓も当然取り上げられている。 現在は九州のミニ京都として賑わっている日南市飫肥のまちづくりのシンポジウムにもこの本に登場する今は亡き宮脇壇等とともに参加され30年近く経つが不思議なほど加齢を感じさせない。

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表紙は前川國男と伊東豊男の作品

4月30日
 基本設計中にドタキャンしたM医院の調剤薬局に変り次の薬局が内定したとの事。M邸プラン及び工期延長の件施主打ち合わせ。プラン最終決定。
 本: 白井せい一 建築とその世界 貸し出したまま行方知れずになって半年以上経っていたが、先日ようやく手元に帰ってきた。昭和53年に限定出版された高価本を若かりし頃無理して手に入れたものだ。写真のように黒いハードカバーボックスの背表紙に申し訳程度にタイトルが付いてるのみで(3センチ角程度のものを糊付け)後は何も無いのがいかにも白井せい一らしいと磯崎新(日本の代表的建築家・大分市出身)が何処かで言及していた記憶がある。

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白井せい一 建築とその世界    親和銀行コンピューター棟(佐世保)

 これまでに国内外数々の建築を見て回ったが中でも最も印象に残っているのが白井せい一の代表作のひとつであるこの親和銀行である。30年の前の事で専属の案内人がいて丁寧な説明つきであった。一地方銀行では稀有なことで、当時から外国人など一日10人以上の見学者が 訪れていた。白井せい一・・・一体何物なのか?カール・ヤスパースに師事した哲学者、建築士の免許を持たない建築家、書をものする求道者、そのとてつもなく深遠な世界に魅かれ続けてこれまで飽く事がない。

縄文的なるもの 白井せい一の建築と人  水原徳言著 著者の水原徳言氏は新潟の建築家で秋ノ宮村役場の設計の紹介など通じて白井せい一とは交友があり、また一時東北にいたブルーノ・タウトに師事していた事もあるという事をこの本で知った。所謂(いわゆる)建築評論家の文ではない。つまり、評論家が独自の視点で人物論や作品論を確立しようとするような気負いが見れらないだけに素直に読める。

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縄文的なるもの 白井せい一の建築と人  水原徳言著4月29日

 T君来訪、ラフプラン打ち合わせ。連休明けまでに見積書作成予定。M邸の平面変更図面施主打ち会わせ。一部追加変更。その後初節句のお祝いで紹介され3次会まで付き合ったTさん宅へ同行。Tさん夫妻は鹿児島県長島町出身である。以前、熊本県牛深市で行われたハイヤ大橋( レンゾ・ピアノ設計。:パリのポンピドーセンターや関西国際空港の設計で有名)に関するシンポジウムに参加した際、通りがかった長島町の独特の海と丘陵は今でも目に焼きついて離れない。再度訪れてみたい所の一つである。

4月28日
T整骨院開業の打ち合わせ。S歯科医院EV申請受付完了他。
昨日は昼の12時からM邸のお子さんの初節句のお祝いで場所を変えながらなんと8時まで酒豪揃いに付き合う。この地方ならではである。さすがに何をどう話したか俄かに思い出せない。今日が自分の誕生日である事を長女のメールで知る。還暦まであと2年。知人2人に誘われ夕食。2人共大変な読書家で緑陰文化講座のメンバーで一緒に活動している仲間であり、Yさんは一昨年自費出版している。当然、話題の中心は最近読んだ本の事。読書談義で盛り上がる。緑陰文化講座とは都城市庄内町出身の大河内昭爾(文芸評論家 ・元武蔵野女子大学学長)先生を中心とした、毎年夏に行われる文化講演会の事で今年で19回目を迎える。

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4月26日

久しぶりに実家の裏山の竹の子採りに帰る。かなり傾斜のきつい地形だが、今年88歳のお袋が頼みもしないのに付いてくる。今年は不作と聞いていてたいして期待もしていなかったが20本採れたところでやめ、それぞれ袋に入れてかついで持ち帰る。こっちは汗だくなのに元気なもんだ。皮をむいて持ち帰り、なじみの店にお裾分け。南九州の田舎は今、つつじの花が満開である。

4月25日
M邸変更プラン作成、施主打ち会わせ、決定。設備設計・・M,K社協議。S歯科医院EV 申請書M社より届く。21日申請予定。
現在は大阪にいる旧友の子息が整骨院開業の相談で突然TEL、来訪。急遽、旧知の不動産業Mさんと一緒に物件案内。すんなりと内定。こういうものは人脈とタイミングで全てが決まるといっても言い過ぎではない。

夕刻から知人の若手現代版画家 黒木周さんの個展オープニングに出席。彼は中央でも活躍中である。会場は都城市中心部 オーバルパティオ 内に在る、昨年お世話になったT邸のオーナーTさんの美容室に隣接する撮影スタジオ。丁度良いスペースだ。展示作品の殆どが版画の中で新作のタブローが中々良かった。参加者の多くが知人で話題が盛り上がる。中でも今年から桑沢デザイン研究所に通っている次女がデッサン塾で師事していた女流画家の多田まりさんとは久しぶりであった。このような空間や催しがこの地方でももっと増えて欲しいものである。
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4月23日                                                                          
 M邸は大きな変更に至らず一安心。占い師によっては極端な場合、窓の殆どが無くなっていたりする。本: 図説 「史記の世界」 山口直樹=写真・編 益満義裕=文 司馬遼太郎がそのペンネームを史記を残した司馬遷から採ったのはよく知られた話である。まずは写真入の簡単なところから眺めてみることにする。人物評の参考にもなりそうである。

4月22日
M邸の奥さんよりTEL。「間取りを占ってもらうので図面を下さい」。・・・すでに実地設計に入っているので急ぎの対応をお願いして図面を届ける。こちらが占い師を占ってやりたい気分・・・八つ当たりか。
M邸の地盤調査報告書届く、問題なし。                                                                       売りに出しているK邸(扇形の家」のkさんよりメール。経過報告し、オークションの提案をする。病状は小康状態を保っているようなので何より。
昼はいつもの週ごとの同窓食事会。相変わらずゴルフの話題で皆さん太平。さっさと引き揚げる。
本 :  クラウス・べック=ダニエルセン著[エコロジーのかたち」・・持続可能なデザインへの北欧的哲学・・・集中できず司馬遼太郎著「以下・・・無用の事ながら」を拾い読み。司馬遼太郎のエッセイは人をほっとさせる。気分転換に最適。

4月20日

愚妻17日ぶりに東京よりご帰還。とりあえず掃除洗濯・飯・猫の世話から開放される。宮崎空港では工芸品等の小物の物産展をやっていた。いろんな物を作ってる人がいるんだなあ、売れるんだろうか?同じ物つくりでも寄って集って(たかって)造る建築よりその殆どを一人で手掛けられる世界の方が充実感が得られそうである。特に建築の場合、昨年の法改正は改悪とも言うべきもので建築をつまらなくしてしまった。

4月19日

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 M邸の地盤調査開始。スウェーデン式サウンディング、建物の4隅と中央の計5箇所、深度8,42メートル。好天気の中での作業は順調に進む。
夜は以前手がけた飲食店の3周年記念イベント出席。旧知の調剤薬局経営のTさんと久々に会う。これから手がける予定(別物件の薬局)のアドバイスを頂く。
帰宅していつものように読書。責任編集 渡邊直樹 2008宗教と現代がわかる本 僕の読書法は5~10冊をその時々の自分の興味や関心の度合いに応じて代わる代わる少しづつ読み進む、いわば並列法の読み方である。従って当然場所を限定しない。近頃は読んでもどんどん忘れていくのでとりあえず読み続けるしかない。

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責任編集 渡邊直樹 2008 宗教と現代がわかる本

4月18日

文化ホールで行われた第1回南九州経営者政策研究交流会という大仰な名称に多少の抵抗を感じながらも参加してきた。3時間あまり東京の経営者5名の自己紹介を交えた講演はそれぞれ熱意のこもったものであった。参加者総勢24名。

南泰裕著ブリコラージュの伝言 - 私だけの人生図面ー 再読。
ブリコラージュとはフランスの思想家の造語で、日本では「器用仕事」と訳されていて著者の好きな言葉だそうだ。著者は若手建築家。若い建築家の感性や思考を知りたくて手にした。

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4月17日

昨夜の聞心会及びその後の観桜会報告。参加者30名程度でいつもより多かった。京都とインド行きの案内があり一応日程表をもらってはきた。参加したいのは山々だが今の状態での参加はむつかしい。旧知の4人で2次会へ繰り出し建築論議。議論できる数少ない相手であり楽しいひと時を過ごせた。
 
隈研吾[負ける建築」を再読。「もともとは歴史にさほど関心が強かった訳でもなかったんだが。」と以前ご本人から直接聞いたがどうしてどうして生半可な知識ではない。まともに受けたらとんだ恥をさらすところである。[新建築入門」にしてもただの歴史書などでなく、その鋭い視点と独特の解釈はいわゆる教条的なとらわれがまったくなく、或る際どさと普通の当たり前さが微妙にバランスしているように感じる。その危うさが作者の魅力でもある。

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          ステンレスワイヤーに巻きついて満開の蔓性植物(O歯科医院)

以前手がけたO歯科医院の花が見事に咲き誇っていたので携帯でパチり。か細いステンレスワイヤーを伝っていけるだろうか当時は心配したが案ずるほどのことは無かった。この時期になると道行く人の目を楽しませてくれる。

■ 4月16日

M邸の既存住宅等の解体工事終了。特に天候に恵まれたわけでもないが予定工期より1週間早く終わる。やはり現場は段取り次第という事。小雨の中、偶然現場確認にきていた現場監督と鉢合わせ、しばし雑談。次は地磐調査(スウェーデン式サウンディング)と既存建物の滅失登記へと進む。午後よりS歯科医院リニューアルの件でO構造設計打ち合わせ、完了しすでに郵送済したので明日には届くとの事。既設建物の構造計算書が500枚にもなったらしい。建築確認申請不要物件でエレベーター申請用の構造検討書に対してここまで要求する役所。自己責任回避のみか?全く理不尽である。事務所にてH設計とM邸図面打ち合わせ。旧友のF氏来訪。 午後7時より近所の摂護寺御影堂にて聞心会例会。例会後、寺で観桜会の予定。

 「不可思議の弥陀の誓いのなかりせば、なにをこの世の思い出にせむ」 (良寛)

■ 4月15日

いつに無く来客の多い1日であった。そのせいばかりじゃないが進行中の図面が遅々として進まない。仕事がらみ以外に昔の異業種仲間や同業者等。話題は長引く経済の閉塞状況を反映して「とにかくどげんかせんといかん」。昼は週1回同い年仲間で続けている昼食会。特に新しい話題なし。夕食は飲み仲間に誘われて夜の街へ。ここも相変わらずの不景気風が半端じゃなく吹いている。帰宅してから読書。松岡正剛[日本と言う方法」・おもかげ・うつろいの文化。 旧友のスペイン・クエンカ在住の女流画家Mさんの新作版画展の案内が届く。場所はときわ通りのBLUELIBON.以前と比べて作風が幾分アニメっぽく変化していてなにやら村上隆風である。メールも入っていたが作品については一事も触れておらず、来日中のクエンカ市長が都城市に持ちかけた友好姉妹都市締結の話を都城市が断ったらしい。仲立ちした彼女の悔しそうな顔を想像する。

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新作版画展案内状                    松岡正剛著 日本という方法 
                                           
■ 4月14日

M医院住宅部分の既存建物解体中の現場。付属建物とあわせて2班に別れて進めている。施主の胸中のみならず壊す側も複雑な心境。2箇所ある井戸のお祓いは4月8日の大安吉日に済ませた。普段何気なく過ごしていても神道の精神は日常の中に染み込んでいる。グローバル化が加速し、何やら訳のわからない現在の日本だからこそ、日本文化や伝統に意識的でありたい。夜、3年前の月刊現代を引っ張り出して読んでみた。「国家の品格」の著者藤原正彦の小泉政権批判およびその後の予想がピタリ。数学者にとっては数年後を予想する事など当たり前すぎる事かもしれない。ついでに現在乗りに乗ってる建築家隈研吾の「負ける建築」。これも数年前の著書だが建築家の危機について述べた章がこれまたドンピシャリ。数年前に当地都城の講演でその人となりに接しその後の動向に注目していたが、引き続き今後も目が離せない存在である。

■ 4月10日

本  : 関岡英之 「拒否できない日本」。  建築家の国際的資格制度の統一ルールをアメリカ方式でいこうというアメリカの戦略に中国が乗った。見返りは中国のWTO加盟とか。建築界のみならず、あらゆる分野で世界のアングロサクソン化が進んでいる。日本の場合、「年次改革要望書」がまさにそれである。NOと言えない日本ということか。    藤原正彦/小川洋子 「世にも美しい数学入門」。  2人の対談の大半が数学がいかに美しいか、美しさに感動する事がいかに必要で人を豊かにするかという話。センスのを磨くべし。   篠田知和基 「日本文化の基本形」。日本の伝統とかたちに関するものはどんなものでも気になってしょうがない。まだ流し読みしただけである。 

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■ 4月8日

我家は只今雄猫のナイルと2人暮らし。連れ合いは娘の入学式で上京中。たまのTELでの会話。 「ナイルはどうしてる?元気? 花にちゃんと水やってる? 庭に落ちたジャスミン掃いといてよ!」。 庭といってもコンクリート叩きのピロティである。もったいないのでそのままにしてある。

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キャロライナジャスミン  その生命力はきわめて強くこれまで手がけた建築にも何件か植えています。蔓性なので特にスペースの限られた場所に最適。

■ 4月7日 

本 : 養老猛司、池田清彦著  「ほんとうの環境問題」。 国やメディアの情報がいかに信用ならないか目から鱗。事の本質をしっかり捉える事、垂れ流し的な情報に流されない事、自分の頭でしっかり考える事等々反省する事しきり。

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