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中岡設計工房   宮崎県都城市 

鹿児島県・ 宮崎県・ 宮崎 ・宮崎市・ 都城市・ 都城 ・建築設計 ・設計・1級建築士 ・住宅設計・ 住宅建築・ 住宅デザイン・ リフォーム・ 建築家      

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建築探訪(国内)

6月 13th, 2007 by admin

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伊勢神宮

■ 鹿屋市  (鹿児島県) 2009・2・21~2・22

デザインマーケット 2009 IN KANOYA
 
デザインフェアーと共に同時開催された、鹿児島と福岡の二人の建築家によるトークショーが、設計の苦労話から設計料の話等、建築家の本音が聞けて共鳴するところが多かった。他に写真展、カフェブース等用意されている。デザインフェアーの方は、木工家具、什器、照明器具、織物から生活雑貨,植物、インテリアまで、ようするに住宅の中に納まる生活用品を住宅と共にまるごと提案、展示、販売するイベントである。一地方都市にもかかわらず、以外にも若い人の参加者が多かったのはうれしい事である。

(写真クリック→拡大)

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イベント会場風景・・・若い人の姿が目に付く       建築コーナー

3-002.jpg    3-004.jpg    3-008.jpg   福岡の建築家 NKSアーキテクツ・末廣香織氏設計の共同住宅・・・旧来のパターンを脱し、集まって住む新しい住まい方の提案。住人は若い人が多いと聞いた

■ 新宿  (東京)    2008・12・06

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モード学園

東京より先に完成した名古屋のモード学園よりはシンプルで上品。北京(オリンピック施設を含めて)を彷彿とさせるが、北京と違って抑制されたトップデザインの処理で救われている。それでも周囲の高層郡の中では際立っている。古い話になるが、完成当時地震国である我日本で、長年不可能とされていた高層建築への果敢な挑戦振りが映画でも紹介された高層建築第1号の霞ヶ関ビルとは隔世の感がある。

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■ 上野  (東京)

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東京藝術大学              奏楽堂             黒門

芸大生の校内コンテストの入賞作品の展示と販売のスペースを覗いてきた。有料販売もしている。興味をそそられる作品が多く、図書もある。過去に保存問題で物議を醸した奏楽堂は、内覧公開日にもかかわらず、時間不足であきらめたことが悔やまれる。上野公園は紅葉であいかわらずの人出。世界でもこれほど文化施設の揃った公園は珍しいそうで、このようなものを残した先人の苦労が偲ばれる。

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■ 安藤忠雄建築展「挑戦ー原点からー」  GALLERY MA
 
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安藤忠雄のデビュー作「住吉の長屋」の実物大の模型展示。(中に入れます。)コンパネには実物に忠実に木コン後まで再現してある。ギャラ間の内外に渡って既存の庭石や段差を上手に避けて、さすがアンドー。 他に原図やコンクリート製の模型。他に渋谷駅、東大、ドバイ、ウ‘ェネチア等のプロジェクトの紹介。

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■ 片山和俊展  (東京芸術大学美術館・陳列館) 2008・12・04

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展示風景              陳列間外観

東京藝術大学美術学部建築科教授の退任を記念して催された。展示内容は創作研究の中から中国民居調査の成果と設計した建築作品「まちみちすまい」。
中国の客家や国内の集落調査の成果が詳細な図面や模型、映像で紹介されている。また、旅先でのハガキ大のペン画スケッチも多数展示されていて楽しめる。

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■ 原宿表参道 ・ 銀座 (東京)
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表参道                 銀座    (何れも外国人建築家設計)                                

近年の物騒な世相ゆえか何処も警備員の姿が目に付き、話題の建築を見るのにもつい二の足を踏む。おまけににスキマ時間を利用しての行動で常にあわただしい。数を追わずじっくり視たいものである。 

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               銀座 (歩行者天国)

予定の桑沢祭(KDS:桑沢デザインスクール)を見た後、例の如く駆け足で青山及び歩行者天国の銀座をぶらついてきた。ライトの明日館や東京民芸館は今回も叶わず、建築誌で紹介されていた話題の建築を2,3実見しあわただしく名古屋での打ち合わせに向かう。新幹線での移動は20数年ぶり。

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■ 伊勢神宮 (伊勢市)
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            外宮(げくう)               遷宮予定地の囲い塀

次の遷宮は平成25年とか。初めて訪れたがごらんのとおり、すばらしいプロポーションである。古人の感性はすごい。改めて古いものを数多く視るべきである事を再認識する。が、どこに行くにしても九州の端っこはハンディが大きい。

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■ 京都駅 (京都)

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京都駅より京都タワーを望む       内観夜景

お伊勢さん参りの帰りに久しぶりに京都に立ち寄った。コンペで物議をかもしたが、建築家 原広司 が勝ち取った作品である。完成直後に見て今回が2回目である。あえて、与えられた条件を逸脱し惜しくも選に漏れた安藤忠雄案が、好みであったが、時を置いて再度視ても同じ想いであった。同行した西陣でデザイナー兼プロデューサーをしている友人の意見も同様であった。当時とは時代背景も大きく変化したが、それにしても贅沢すぎると言う。私としては無くてもいいような小手先ののデザインが目に付き過ぎるのが気になる。ようするにごちゃごちゃしているモノよりストイックなものの方が好みである。それにしても建築家はどこまでも楽観的な人種なんだなあと改めて思う。

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■ 新丸の内ビル (東京)

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 東京駅               新丸ビル          丸の内界隈    

丸の内界隈の建築ラッシュが凄まじい。その殆どの主体が歴史ある大手デベロッパーである。通りすがりで中までは入ってない。街並みを撮っているところを警備員に制される。企みを持っていると疑われたのだろう。ある書店では腰痛のためかがみこんでページをめくっているところを注意された。立ち読みまではOKという事らしい。わが田舎では親切に椅子まで用意してある書店まであるが、やはり東京は良くも悪くも世界の中の大都市である。

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47■ 森舞台(伝統芸能伝承館) (宮城県登米市市登米町)
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森舞台(伝統芸能伝承館) 旧登米尋常高等小学校(国重文)       民家
       
伊達政宗以来、伝承されてきた登米能の上演と、地域交流を目的として建てられた地域密着型の小ホール。設計は隈研吾。以前、都城での講演依頼の事前打ち合わせで上京の折、彼の代表作である馬頭美術館や石の美術館(栃木県)まで足を延ばしたがここまで届かなかった。写真の明治期の建築を初め民家や社寺等、陸奥はまだまだ視て廻りたい建築が数多く残っている。

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46■  新建築社(東京)  

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東京大学構内にあるジョサイア・コンドル像と内田ゴシックを視に行く途中、偶然、建築専門誌の権威である新建築社の前を通りかかった。若い頃[新建築」には随分お世話になったものである。当時(1970年代)都城市内の書店には実用向きの「建築知識」以外に建築専門誌が置いてなく、又、他に誰も読む人もいないので書店が気を利かして1冊だけ取り寄せてくれていた。地方ではデザインという言葉を口にするのも気恥ずかしい時代の雰囲気の中で唯一夢を与えてくれる本であった。その後序序に建築文化、SD、都市住宅、a+u,GA,FP,icon,モダンリビング、住宅建築、ポートフォリオ、ディテール、新住宅、太陽、芸術新潮、美術手帳、室内、DESIGIN,デザインの現場、造景等々幅を広げていく中で廃刊になったものも数多い。

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45■ MIKIMOTO  (東京 ・ 銀座)
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 銀座MIKIMOTO             銀座界隈            青山
  
外観のみを駆け足で見た程度。銀座界隈は他にも気になる話題作が何件か有り、予備知識を仕込んでいかないと眺めた程度では素材・工法共に判断できない物もある。設計者の伊東豊男は同世代の安藤忠雄のように特定のスタイルを研ぎ澄ましていく方向性に対して常に変革を求めるタイプで、いわば建築界の開拓者というイメージが強い。初期の頃のナイーブな感性(笠間の家等)からは今日のような大胆さはとても予想できなかった。九州熊本にも話題作「八代博物館」をはじめとしていくつかの作品があり、又、街づくり等かかわりが深い。常にチャレンジし実現に至らしめる力量には敬服する。

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44■ 国立西洋美術館  東京
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今年4月からデザイン専門学校に通っている次女のメールによるとル・コルビュジエの全作品が世界遺産に登録されるらしい。ここのところ上野は上京するたびに訪れてはいるのだが西洋美術館は前を通り過ぎるのみ。内部まで入ったのは免震補強のずっと以前の1回だけ。日本で唯一の作品で訪れたのも設計以前に一度のみ。厳密な意味でのコル作品と言い切れないだけに何となく足が向かないでいたが、記憶も薄れているので改めて体感してみようと思う。

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43■ 東京女子大学

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 アポなしで訪ねて校内に入れず(女子大でオープンキャンパスではない事をうっかりしていた。)外部からの写真も拒否され、やむを得ず周囲をぐるりと一周して塀越しにこのような写真を撮るのが精一杯。事前に予約しとくとちゃんと案内してくれるそうな。それでも雰囲気だけはなんとなく感じ取れて楽しい気分になる、レーモンドは軽井沢の教会を見て以来の好きな建築家である。偶然、次女がすぐ近くに住むようになったので再訪する予定でいる。

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42■ 宮崎県青少年センター
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宮崎県内にある1960年代を代表するモダニズム建築。設計は坂倉建築研究所。代表者の坂倉準三は近代建築の巨匠ル・コルビジュエの弟子の1人。日本人建築家では他に丹下健三も一時期籍を置いていた前川建築事務所の前川國男、早稲田で多くの弟子を育てた吉阪隆正がいる。解体間際で保存が決定した都城市民会館(菊竹清訓設計)と共に女性誌に紹介されていたので知人建築家のオープンハウスを見るついでに立ち寄ってみた。
宮崎には日南の文化センター(丹下健三)や都城市民会館と共に巨匠のモダニズム建築が3つも存在する。いつまでも残して欲しい建築の1つであるが、都城市民会館の保存運動で政治家や市民の文化意識の低さや無関心さをいやというほど味わってきただけに何とも心もとない。

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41■ 木の花ドーム
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巨人軍キャンプ用の室内練習場で宮崎県青少年センターの目の前にある。柔道のやわらちゃんの亭主の谷選手が黙々と打撃練習に打ち込んでいた。施設自体には新しいアイデアは見出せなかったが南国宮崎の青空に真っ白いテント屋根は良く似合う。

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<40■ 宮崎県立武道館
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ドームや青少年センターと同じ一画にある剣道や柔道、弓道のための贅を尽くした建築。日本の伝統的なスポ-ツ施設だが表層的なデザインが目に付き精神性の表現に物足りなさを感じた。個人的な好みだが饒舌すぎるデザインからは何か大事なものが確実に失われていくと思う。

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39■ 三州倶楽部創立90周年記念式典
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薩摩、大隈、日向人で構成する記念式典に参加。場所は東京都目黒の三州会館。記念講演として京セラ名誉会長、鹿児島出身の稲盛和夫氏。紹介者は鹿児島大学同窓生の友人とのこと。わが町都城は島津久厚氏も参加。都城は島津発祥の地として自認しているがNHKドラマ「篤姫」で同じ島津発祥として鹿児島県出水市を紹介したためNHK側に異議申し立てをしたとか。島津と言う名の発祥は都城、内実は出水市だとか。名を取るか実を取るか解釈次第らしいがそれぞれが発祥の地でよいと思うのだが。火災を免れたため古文書等重文クラスのものが多数存在しているのが都城の売りらしいが只今調査中である。

演題 「心について」

講演内容  思う→考える→行う  心→頭→体  善悪・強弱→戦略・戦術→スピードと理解した。(写真右端が稲盛和夫氏)
この世界の全ての出来事は人が思う事ことから始まった結果である。その思う事について考える事の大切さの話。ときにユーモアを交え心洗われるひと時であった。
 
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38■ 東京都庭園美術館(東京都目黒)

建築と写真展

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旧朝香宮邸(現東京都庭園美術館)で開催中。訪れるのは2回目だが1回目の時は休館中で建物外観と庭園のみ。今回はあいにくの雨模様で内部を写真展と共にじっくり見て回れた。庭園と安田侃等の彫刻作品は前回見ていたので今回は軽く流した。
写真は日本に存在する代表的なアールデコ調建築の外観。年3回だけ建物だけの公開が催される。それ以外はカーテンが閉じていて内外との関係が楽しめないのが残念であるが一度は体験してみたい建築である。

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37■ 磯崎新ギャラリートーク+シンポジウム(大分市・別府市)2008年2月16日
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大分のアートプラザおよび別府のビーコンプラザで行われたアートプラザ10周年記念事業「磯崎新ギャラリートーク;シンポジウム」に参加した。10年前解体の危機を免れた磯崎新デビュー作の旧県立大分図書館。当時の保存運動のバスツアーやシンポジウムにも参加したので感慨深く改めて磯崎作品を堪能する。僕にとっては建築家として原点に戻れる建築の1つでありパワーを得られる建築でもある。何回でも訪れるべき建築だろうと思う。

同様に奇跡的に残ったわが町の都城市民会館と共に九州も捨てたもんじゃない。シンポジウムのパネリストは磯崎新、東京の建築家千葉学、地元建築家でリファイン建築で名を馳せ、アートプラザの保存活動でも活躍した青木茂氏。さすが地元に大学を持つだけあって若い参加者が多くうらやましい限りである。

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36■ 輝北町天球館
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鹿児島県大隈半島・・・眼下に錦港湾に浮かぶ桜島を見下ろす輝北町上場高原の頂上に屹然と立つ鹿児島県指宿出身の建築家高崎正治氏設計による天球館。昨年設計した「中庭のある家」にクライアントを案内したついでに久しぶりに立ち寄ってみた。もともと霧の多い地域であるが、写真はその霧の中に浮かぶ雄姿である。訪れたのは工事中も含め、5回目か。訪れるたびに印象が違うが、この建築の独特な造形が発する強烈なインパクトは少しも失われていない。同行したクライアントの奥さんに「是非もう一度来たい」と言わしめた理屈抜きの建築芸術である。

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35■ 杉コレクション2007
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杉コレクション2007が都城市の神柱公園で行われた。審査委員長は建築家の内藤廣東大教授。日向駅の設計者で都城市民会館設計者の菊竹事務所に在籍した事もあり保存活動には熱いメッセージも届いた。テーマは「掘り起こせ!杉のパブリックポテンシャル『こりゃスギェー!』 宮崎県は15年連続でスギの素材生産量日本一。スギの学術名を訳すと「日本の隠れた財産」。そのスギがパブリックな財産である証明を全国に呼びかけるために行うデザインコンペ。今回で3回目。その最優秀作品で「森の中の休憩所」。大木のむろからの発想で、造る意思の強さが評価され急遽設けられた市民賞とのダブル受賞となった。情熱こそが最も必要であることを再認識する。

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34■ 松本清張記念館(北九州市)
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小倉出身の作家でその活動は広範多岐にわたる。社会派推理小説、歴史小説、現代史、古代史の研究等、「人間・松本清張」を体系的に理解できるようにビジュアルな手法で展示・紹介してある。建築の方は雑誌で見た記憶があるが設計者が誰であるかは忘れた。が、展示の方は内容が濃い。時間をかけてゆっくり見たい所である。

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33■ リバーウォーク(北九州市)
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小倉城のすぐ近くにあり博多のキャナルシティの小型版といったところか。忘れないためにとりあえず写真のみ。設計者名も知らない。パンフレットぐらいは取るべきだった。造形的なセンスから判断して外国人の設計だろうと思う。小倉城との対比が面白いというかなんというか、町並みの視点からの反対もあったのではなかろうかと想像するが意外とすんなりできたのかも。建築の特徴としてはその造形と共に何といっても色彩計画にある。一棟の建物を複数に見せ、圧迫感を与えない工夫が窺えるが周辺環境との(小倉城や和風庭園)との関係性はなんとも形容しがたい。近くを流れる紫川の存在が大きい事を実感する。北九州は私にとってかなり強いイメージとして在るがこの異型すらも充分許容していて尚且つ余裕すら感じる町である。

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32■ 茶室(東京都)
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東京品川の原美術館の裏手の公園の一角にある磯崎新設計の丸い茶室である。立ち入り禁止で遠景しか望めなかったが、とりあえず写真だけ撮ってきた。記憶のどこかに残っていて偶然見つけたもので正式な名称すら思い浮かばない。原美術館も磯崎さんの手が入っているが、時間が空くと時々訪れる場所なのでこの茶室の事もいつか調べてみようと思っている。

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31■ 北九州市国際会議場(北九州市)
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10数年ぶりに磯崎新設計の国際会議場を訪ねてみた。休日だったが閑散としていて寂しかった。地元の人に聞いてみたら近年殆ど使用されてなくてまるで廃墟ですとのこと。どうも地の利が悪いせいもあるし、他に新しくできた便利な施設があるらしい。そのせいかメンテナンスの悪さが目に付いた。外壁の塗装は剥げ掛かってるし、一部たぶん不動沈下だろう、石張りの外壁の目地が大きくズレ落ちたままである。沈下の方は施工のせいだとしても、外壁はせっかくの色彩計画がだいなしでやり直すにしても大変である。海辺の設計は素材の選択が大切である事を実感させられた。

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30■ 北九州市立図書館(北九州市)
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国際会議場に比べて、こちらがはるかに古いと記憶しているが予想以上によく機能している。規模的に大きいせいもあるかもしれない。それも先見性である。菊竹請訓設計の都城市民会館の解体が市民等の保存運動にも関わらず、決定したばかりだがこの図書館もいずれそういう運命を辿る事になるのであろうか。先のことはわからないが、少しでも長く生き続けて欲しいと感じた。同じ設計者による同じ地域に立つ2つの建築(国際会議場と図書館)の印象がかくも違うという事をどう捉えたらよいのだろう。

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29■ 厳島神社(広島県二日市市宮島町) 世界文化遺産
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実際に現物を目にするのは始めてである。遅きに失した感は否めないが国外を優先してきた。世界遺産にも指定されているが、それにしてもすごい発想力である。アジア圏にはいくつもの海上建築が存在するがそれ相当の理由がある。ここ日本であえて海上に建てる理由を不勉強にして知らない。とりあえずここで書くのをやめて少し知識を仕入れることにする。

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28■ 広島県縮景園(広島市)
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広島藩主浅野長晟(ながあきら)が別邸の庭として茶人で家老の上田宗固に命じて築庭した国指定の名勝庭園で広島県立美術館の足元にあり、共通券で徒歩で両方見れるのは便利である。回遊式庭園で室町時代にその萌芽が見られ、江戸時代初期に最盛期を迎えた形式で諸大名の大庭園の多くはこれに属する。写真の建物は清風館と呼ばれる数寄屋造りで、屋根は杮葺きである。昭和20年原爆によって壊滅状態になったものを県教育委員会が復したものである。

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27■ 広島現代美術館(広島)
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わざわざここに取り上げる事も無いと思ったのだが、有名建築家必ずしも名作とは限らないという事で。せっかくの高台のロケーション抜群の位置に、これはないだろうというのが実感。なぜ此処に日本の蔵のモチーフなのか?私には形の遊びにしか見えなかった。黒川紀章の建築は、こらまでいくつか見ているがどうも肌に合わない。初期の万博やメタボリズムの時期の作品が最も冴えていたように思う。あの頃は抜群だった。

ただ、催されていた現代美術とマネー展は非常に興味を引くテーマで、各作品毎に壁にそれぞれ価格が付いていて、壁に直接ついているキャプションと共に大変面白かった。と同時に現代美術というものがますますわからなくなった。

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26■ 広島市消防署(広島)
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建築家山本理顕の仕事は作風は知ってはいたが、私の肌に合わないのは以前見た熊本の団地で感じていた。実験的要素が大きくその勇気とアイデアには脱帽するが、建築が長く建ち続ける事を考えると、どうしてもメンテナンスコストの事を心配する。実際に毎日掃除する人は大変だろうなというような事を考えてしまう。それと私自身が鉄の剥きだしと線の煩雑な建物には馴染めないという事もある。ただ、前衛を行くことを背負わされた建築家の存在も必要ではある。

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25■ 原爆ドーム(広島) 世界文化遺産
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現在             被爆前

旧広島県産業奨励館。1945年8月6日世界最初の原子爆弾により大破、全焼。世界恒久平和を願い国内外から多くの人が訪れている。チェコ人の設計で大破前から有名な建物で観光スポットの1つであったらしい。当初から耐震的な弱さは指摘されていたらしいが、現在でも補強されているとはいえ、いつ崩壊してもおかしくないということで、外国の遺跡と違い立ち入り禁止で周囲に柵が設けてある。不謹慎を承知で書くが崩れかかった危うさには美しさを感じる。

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24■ 広島平和記念資料館(広島) 世界文化遺産
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1955年開館。設計コンペ一等案の丹下健三の作品で原爆ドームとの軸線の設定は見事の一語に尽きる。建築関係者で知らない人はいない建物だが、当時の悲惨な状況から、そのヒューマンスケールを越えた規模の大きさは物議をかもしたらしい。50年以上経った今でも、そのデザイン力は抜きん出ていると思う。つい、村野さんの聖堂と比較したくなるのだが、それぞれに素晴らしい建築である。
内部には焼け焦げた瓦や衣類、熱で溶けたガラス瓶など1万9千点に上る収蔵資料が展示してある。外国人の訪問者の姿も多く見かけた。

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23■ 世界平和記念聖堂(広島) 世界文化遺産
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広島での仕事の合間に訪れた。丹下健三設計の広島平和記念資料館との比較と言う意味でも、どうしても見ておきたかったものである。「1945年8月6日の原爆に遭ったフーゴー・ラッサール神父が、ローマ法王を始め恒久平和を願う世界各地の人々の協力を得て1954年に建立。」コンペティションによる設計であったが一等案がなく、審査員であった村野藤吾の設計である。ちなみに村野藤吾も設計料タダで協力しているが、人々に愛される手作りの名作を残したことの貢献度は計り知れないと感じた。また、女性信者の丁寧な説明つきの案内で隅々まで堪能できたのは幸せであった。一般の人にも是非おすすめしたい建築である。

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22 ■ 東京大学(東京都)

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都城市民会館の保存問題に首を突っ込んだのが、古い建築に関心を持ち出したきっかけになった。もちろん、ここ最近、総ガラス張りの建築に辟易していたこともある。古い建築をまとめて見るとなれば、何といっても大学キャンパスである。東京大学構内にあるジョサイア・コンドルに詣でてから、スタートする事にした。写真では台座の下のほうが写ってないが、男女がひれ伏してる姿が掘り込んであって、大震災を意味しているという説があるようだ。この時は不覚にも知らなかった。大学構内は歴史的建造物の町並みの様相を呈していて、さながら異次元の世界に迷い込んだようである。震災以前は様々な様式の建物が混在していたそうだが殆ど壊滅したらしい。安田講堂始め現在の殆どの建築は当時、工学部建築学科教授であった内田祥三が統一して作り変えたもので、この改良型ゴシックは内田ゴシックとよばれている。

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21, ■ 徳雲寺(福岡県久留米市)
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菊竹清訓設計の都城市民会館に対する保存活動のメンバーと九州に存在する菊竹作品を見て廻ることになった。私の目的はだただひとつこの徳雲寺である。菊竹作品の中で最も好きな建築である。と言ってもその全て知ってるわけでもないが。写真上での事である。実物を見たのは十件にも満たない。建築は写真ではわからないとは実物を見るたびに思う事であるがこの徳雲寺は期待以上のものであった。やはり当時の施工はしっかりしていてコンクリートの状態も予想以上に良い。

大作が多い菊竹作品の中では地味な存在であるこの建築は、しかし見事な構成である。基礎をなす壁柱に、屋根と壁が一体となったコの字型の薄いコンクリート膜を被せただけのシンプルだが、その大胆な構造は、機能と相俟って観る者を驚嘆させずにはおかない。本来であれば、水面の上に浮かんでいるところを、残念ながら管理上の都合からだろう、水が抜かれていて、最も期待していた内部の空間にもう一つ物足りなさを感じた。

風が水面を揺らし、そこにバウンドした光線が、床と外壁との間に設けられたスリットから、内部を照らす様子こそ、この建築の真骨頂だと思う。願わくば、上からの光も欲しいと思ったが構造的に無理だったのだろうか。都城市民会館を通じてお会いできた、元菊竹事務所の遠藤勝勧さんに、機会があつたら聞いてみたい。

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20、■ 島津邸(宮崎県都城市)
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都城市民会館と共に、存続が危ぶまれているのが都城島津屋敷である。都城が、島津発祥の地であることは意外と知られていない。が、都城市民にとっては、古に想いを馳せ、心のより所とも言うべき唯一の歴史遺産である。近くに住んでいながらこれまで見る機会が無かったが、存続問題が取りざたされるようになって、見学を申し出、また当主である島津久厚夫妻より直接お話を伺う機会を得た。
昭和天皇も宿泊されたと言う部屋(写真二階)も当時のままであり、管理状態は決して良いとは言えないものの、庭園も含め、残すべきであると言う意を強くした。都城市は、都城市民会館と同様、財政事情を理由に前市長との約束を反故にし、(島津家に残る歴史的文書資料等一万数千点を都城市に寄付され、前市長との間で文書が取り交されている。)はっきりと、買い取ることを否定している。両方とも都城にとって、かけがえの無い財産であることを認識し、残す方向で検討することを願いたい。

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19、■ 都城市民会館(宮崎県都城市)
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すでに解体が決定されている都城市民会館であるが、市民の保存運動はまだ続いている。先日、(2007年7月)2007年度のDOKOMOMOJAPANの選定建築10選のひとつに選ばれ、DOKOMOMOJAPANの兼松紘一郎幹事が都城市役所を訪れ、選定プレート授与と共に保存を訴えた。それを記念して、都城美術館に於いてDOKOMOM展が開催された。今年一月から閉鎖されている、都城市民会館の、ヘルメット、マスク着用が条件の特別見学会、その後、福祉会館でトークセミナーが開催され、熱心な討論となった。参加者は次のとおり。

パネラー及びコーディネーター

兼松紘一郎DOKOMOMO幹事。
五十嵐太郎東北大学助教授。東京藝術大学・横浜国立大学非常勤講師。
倉方俊介東京理科大学・明星大学非常勤講師。
彦坂尚嘉 :美術家・美術史評家。
磯達雄:エディター・ライター。
高木伸哉:エディター・ライター。
田島建築設計所長:前日本建築家協会九州支部支部長。

全員、遠方からの自主、自費参加であらためて都城市民会館の歴史的、社会的価値、及び、魅力を認識させられた。これから、ますます建築や芸術の専門家、及び、街づくり保存に関わっている人たちの訪問が増えてくるだろうと思われる。(都城市は、当初からの規定方針通り、市民アンケートの結果をを理由に、解体に向けて着々と進めている。)残念ながら、聴衆も地元市民の参加者は相変わらず少なく、建築文化に対する関心の薄さに近代建築物保存の難しさを感じる。欧米諸外国だったら決してありえない事だと思うのだが。

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18、■ 仙台メディアテーク(宮城県仙台市)
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建築界で話題を呼んだ公共建築である。設計者の伊東豊雄氏は、多くの門下生を生んだ菊竹清訓の事務所の出身で安藤忠雄と同年。二人とも作風こそ違うが、現在最も活躍中の建築家である。

常に新しい建築に挑戦する伊東氏のチャレンジ精神は尊敬に値する。誰もやった事のないことを最初に実現するには勇気がいる。大概はアイデアのみで終るところを、磯崎新というコンペの審査委員長にも恵まれた。仙台メディアテークは、前面の街路に開かれたその透明性と、文化的複合機能の効果もあって、市民に広く親しまれている様子が窺える。行政も、この建築のようにガラス張りで透明であって欲しい。
この建築の真骨頂はその内部空間にある。建築家伊東は柱の概念を変えた。メッシュの柱を誰が思い付いただろう。もちろん彼のイメージ通りに海草のように揺らいではいないが、それでも一本一本形や大きさが違う。手作りである。私が最も関心があるのはコストの問題である。一般の建築費の相場の何倍ものコストがかかっているに違いない。公共建築であるがゆえに気になる所である。

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17、 ■ 野口英世記念館。さざえ堂。喜多方の蔵。(福島県会津市)
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仙台での仕事の帰りに会津に立ち寄った。せっかく東北の地に来て、雪でも見て帰ろうというのが目的であった。同じ東北でも仙台は大雪がめったに降らないらしい。目ざすはは裏磐梯。予備知識なしで、知ってるのは猪苗代湖と磐梯山と野口英世ぐらいか。そのわりには収穫が大きかった。

まずは野口英世記念館。意外だったのが英世が生まれ育ったと言う家の大きさである。貧農と聞いていたが、想像していたものよりはるかに大きい。東北地方は貧乏でも家だけは大きいのかと思ったが、昔は豪農だったらしい事がわかって納得。外は雪が吹雪いている。それにしても、南国生まれには、この北の地はとても住めそうにない。

一泊した裏磐梯のペンションのオヤジの車に、小用のついでということで、喜多方まで乗せてもらった。蔵と、ラーメンと、玉の町だそうだ。玉とはパチンコの事。蔵と聞いては職業柄どうしても見ておきたい。想像以上であった。いたるところに蔵がある。大小様々で小雨の中を歩き回った。途中、民家園で、東北地方の曲り屋などもあり、造り酒屋で酒の試飲もできて満足。ラーメンは食いそびれ、パチンコ屋はついに目につかなかったが、黒柿だけで作ったという商家の和室の客間が印象に残る。

会津若松に寄ることは予定外であった。最も、今回の行動自体が予定外ではあるのだが、体力が切れて泊まることにした。しかし建築家?の虫はおさまらない。何でも見た数なのだ。せっかくのせっかくで、飯盛山ぐらいは見ておくべきだという事になる。初めての街にいったら高いところに行けと言うではないか。しかも戊辰戦争の地である。鹿児島県人としても行かない理由がない。

白虎隊の自刃の地で昔日に想いを馳せ、坂を下りる途中偶然見つけた。さざえ堂がこの地に在ることを知らなかった。私にとっては僥倖である。いつかは見たいと言う思いは強くあった。元来が異端が好きだということをあらためて認識する。この建築に挑戦した僧侶の精神をこそ学びたい。建物の内容について詳しくはここに書きたくない。あえて概要にだけ触れると、木造三層の塔で内部が二重螺旋構造の、世界でも珍しい異形の建築である。これだけは実物を見ないとわからない。是非一度は見て欲しい。偶然に感謝する。

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16、 ■ 朝倉彫塑館(東京都)
朝倉彫塑館

現代彫刻界の巨匠、朝倉文雄の住宅兼アトリエがそのまま記念館として利用されている。東京の下町情緒が色濃く残っている、台東区谷中の一角にある。隣は谷中霊園である。丸みを帯びた洋風のアトリエと、木造和風の住居が一体となった、3階建てで中庭を取り囲んだ形になっている。設計は、朝倉自身が手掛けておリ、自由奔放にやったことが、その凝った作りから窺われる。特に、儒教の五常の教えを造形化した五典の水庭(仁・義・礼・智・信の五つの巨石を配したもの)と、それを取り囲んで作られた独特の数奇屋風の居住部分は、しばし時を忘れさせてくれる。

アトリエも2層吹き抜けており、そこに置かれた彫像も大隈重信や双葉山など時代が偲ばれ、また愛猫家からしく猫だけの作品を集めた部屋もあり充分楽しめた。周辺を少し散策するだけでもこの界隈は独特の雰囲気があり、東京の面白い所でもある。

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15、 ■ 表参道ヒルズ(東京都)

同潤会アパートを建て替えて下層階にショップを持ってきたものだが、オープンから間もないせいか、開店前だというのに客が列を成している。他で時間をつぶして再び戻る。1階のショップは、けや木通りからダイレクトにアプローチする構成で、単調でつまらない。所々に溜りが欲しかった。槙文彦の代官山の手法が、ここの場所にはふさわしいというのが第一印象。内部も単調過ぎてこれだったらガラス天井は無いほうが安藤建築らしい。評価すべきは、高さをけや木に合わせたというところぐらいか。前面道路の勾配に合わせたというスロープ案にとらわれ過ぎたのではないだろうか。とにかく、あの長いガラス壁はいただけない。早く通り過ぎたくなるというのが正直な気持ちである。

 ■ 東京国立博物館(東京都)

設計は渡辺仁。コンクリート造に瓦屋根を乗せたいわゆる帝冠様式で、日本で最初の博物館である。コンドル設計のものを関東大震災で失い、その後に建てられたものらしい。前川國男が、コルビュジエ仕込みのモダニズムで挑んで、見事落選したのが確かこれじゃなかったかと思う。それと、岡本太郎が縄文を発見したのもたしかこの博物館だった。発見と言う言い方は認知されていると思うが、それまで普通に陳列され、普通に鑑賞されていた縄文式火炎土器を初めて見た岡本太郎が衝撃を受け、世に広めたことを言う。歴史を追ってじっくり見ていくと上野公園だけで何日も要するが、上京の折に少しずつでも見ていきたい。

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 ■ 国際子ども図書館(東京都)

上野の森のはずれにある明治期の西洋建築をリニューアルしたもので、安藤忠雄が担当したという程度の知識しかない事を、あらかじめ断っておく。この仕事は、簡単に言うとルネサンス様式の建築に、ガラスボックスを挿入しただけのものである。だけのものであると書いたが、その発想と形態がシンプルであると言う意味においてである。それだけに大変な仕事であったろうことは容易に想像がつく。特に、構造的な処理の仕方に興味がある。ディテールの処理にも苦労の跡が窺える。新旧の対比を狙ったのだろうが違和感は無い。むしろ大胆な発想のわりには強さが足りないのではないか。鉄骨のデザインにもう少し凝って、色の使い方ももうちょっと思い切れたら言うことないのになあ。などとたまには偉そうなことを書いてみたかった。

安藤はこれと同様なアイデアをこれ以外にも発表している。実現はしなかったがロンドンのテート美術館のコンペ案以外に、ニューヨークでも計画している。サッカーの中田ヒデも依頼しているらしいから、そのうち発表になるかもしれない。比較するのが楽しみだ。安藤忠雄については、その建築家としての生き方において以前から注目し、影響も受けているので時々取上げていきたいと考えている

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 ■ 林芙美子記念館(東京都)

記念館といってももともと林芙美子が自分で建てたアトリエつき住宅である。アトリエは、画家である夫の為のもので、想像していたものより大きくてしっかりした作りになっている。林芙美子のイメージから質素で小ぶりなものだろうと勝手に思い込んでいた。当時の東京都の条例で、大きさの制限があるのを2回に分けて申請し、あとから、アトリエ棟と生活棟の2棟をつないだものらしい。純粋な数奇屋造りというよりは、民家調数奇屋とでも言うべき、木造平屋造りの落ち着いた佇まいである。

設計は山口文象。RIA建築綜合研究所の設立者である。私にとっては殆ど関心外の建築家で、その作品としては唯一λ(ラムダ)ハウスが唯一記憶に残っているぐらいだ。木造の小住宅で、その屋根の形から命名されたものと思うがλ(ラムダ)というよりはちょび髭に似ているちょっと変わった住宅である。最近できた都城市の小ホール、交流プラザもRIAの設計で、屋根の形に再び安易にこのちょび髭を採用したのではないかとひそかに思っている。

記念館は一般的に言ういわゆる建築家の作品という感じがしない。地域のボランテアで管理しているという案内人の説明で、その理由がわかった。林芙美子は、この家を建てるにあたって、かなりの勉強をしたらしい。200冊もの専門書を買ったという。職人を引き連れて京都まで行っている。主婦層の住まいに対する執着は今でも変わらないが、それにしても半端じゃない。さすがに作家だと感心したが、ここに至るまでの数々の苦労も大きく影響していると思われる。これも私の勝手な想像ではあるが。

わざわざ、この記念館を見に来たのには理由がある。最近の、いわゆる人工的な匂いの強すぎる現代建築というものにいささか辟易しているというのがその理由の一つ。この問題については、また別の機会にゆずることにする。(あまりにも多くの事に言及しなければならないし、ここの主旨ではない。)二つ目の理由が、孤高の建築家と言われる白井せい一に対する興味からである。

技術はいつでも学ぶことができる、建築の道を進むのであれば思想こそが最も肝要であるという助言を受けた(誰だったかは忘れたが先輩筋の日本人哲学者だったかも?)白井は、ドイツの哲学者カール・ヤスパースに師事した。日本人建築家としては初めから異端であった。常道にとらわれない西欧と日本の伝統が混交したその作風は、『せいいち好み』といわれる。その白井とパリ時代に親密な関係にあったと言われているのが林芙美子である。記念館にも著書があったが、閉館間際に飛び込み、あわただしく見て廻ったので、買いそびれてしまった。もう一度ゆっくり訪れたいと思っている。
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 ■ 東京ミッドタウン(東京都)
 
近くの六本木ヒルズ、新国立美術館とトライアングルをなしていて、どちらも歩いて10分ぐらいの距離に位置している。つい六本木ヒルズと比較したくなる。ヒルズの方は太っていて始めから好きではなかった。機能、デザインともにごちゃごちゃしてて垢抜けないし、わかりにくい。それに比べてミッドタウンの方はすっきりしていて、機能的にも明快というところか。余計なこと何もしなかったから返ってよかったのかも。申し訳程度に頂部に微妙にRラインが使ってあるがその理由を知りたい。訪れていた女性同士のカップルが、外観を見上げながら「うわあ、ガラスだらけだあ。」と言っていた。同行した住宅雑誌の記者が周囲の人工的な庭を歩きながら、「こんなもの作りやがって」と憤懣やるかたないといった様子。彼は造園に一家言持っているのである。それでも言い足りず『東京をこんな街にしたのは建築家だ。建築家が全部悪い。」まあ、今日は午前中から一緒にアルコールが入ってはいるのだが言い訳する気になれない。
 
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 ■ 神奈川近代美術館(神奈川県鎌倉市)

雨の中、鎌倉まで足を延ばした。初めて訪れる。昔、湘南地方で現場にいたが忙しいばっかりでチャンスが無かった。余裕も無かった。月曜日だとはうっかりしていた。当然外観しか見れない。やはり建築は特に美術館は内部を見ないとしょうがないと、一人ごちながら鶴岡八幡宮へ。街の構成をイメージしながら鎌倉駅に戻りバスで大仏さんへ。大仏の中に入れるとは知らなかったので得した気分。そのまま歩いて長谷寺へ。一通り巡り、由比ガ浜を見下ろしてから雨の中疲れた体で駅に向かい帰路に着く。昨日の呑みすぎで頑張りが利かない。
ギャラリー間  070407_090901.jpg

 ■ アトリエ・ワン展(東京都)

乃木坂のギャラリー間に立ち寄ってみた。会館まで時間があったのでその足で近くの乃木邸へ。夫婦揃って殉死した部屋を外から覗き、レンガ造りの馬小屋跡を見たり、さらに隣の乃木神社で時間をつぶしてから再びギャラ間へ。若手の建築家グループ、アトリエ・ワンの作品展をやっている。世代間のギャップもあって興味が薄かったのだがそういう問題でもなかろうと思い直したのである。会場入り口まで来たら中から何やら若い女性の甲高い声が聞こえてくる。まだ誰も来てないことに気を許した係りの子達が大声でふざけ合っているのだろうとしばらく聞き耳を立てていたがいっこうに止む気配が無い。思い切って入ってみると何と演劇の真っ最中。若い5,6人のスタッフが手作りのセットの中で人形芝居をやっている。観客も若い学生風の男女が3.4人。しばらく見ていたがつまらなかったので展示物の方へ移動。住宅の模型が多い。他に屋台の実物が持ち込まれていた。若い体力を生かして色々なイベントに積極的に参加している行動派でもある。学生の延長みたいだがよくは知らない。こっちが現場で気性の荒い職人相手に粋がっていたのとは隔世の感がある。羨ましい。そういう青春時代を過ごしたかった。今からでも遅くはないと思い直して会場を後にする。

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 ■ 中銀カプセルタワー(東京都)

都城市民会館と共に取り壊しで問題になっているメタボリズムを代表する建物である。1階が改装されているのは知ってはいたが見るのは初めて。残念ではあるが全体に影響を及ぼす程ではないと感じた。
黒川紀章の建築ではこの時代のものが最も好きである。だいぶ痛んでいるのが外見でもわかるがしかし勿体無いというのが第一印象である。明快な論理に基ずいたシャープなデザインがかっこいい。周囲の建築と比較すると今では小さい方になってしまっているが異彩を放っている。しかも嫌味が無い。こういう建築が消えていくようだと世界の東京もつまらない都市になってしまうだろう。これを大型化したものがあと2,3本あってもよさそうだ。ガラスだらけの高層ビルじゃ見飽きてしまうし、だいいち危なっかしい。
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 ■ 安藤忠雄講演会(東京都)

新宿紀伊国屋ホールで催された安藤忠雄講演会に行ってきた。主催は東大出版会。あいにくの雨だったが会場は殆ど満席。2ヶ月前のことでテーマは忘れてしまったがもちろん彼のこれまでの、そして進行中の、そして又これからのロジェクトの話である。

デビュウ 作の住吉の長屋の逸話。 吉田五十八賞の候補に挙り審査で現地を訪れた大御所村野藤吾の一言で賞を取りそこなった話。そのいかにも住みにくそう(有名な話だが雨の日は傘をささないとトイレにいけない。)なプランに「設計者よりむしろ住んでいる施主にこそ賞を与えるべきである。」

最近の話。年を重ねるたびに寒さが身に堪えてつらいと言う住吉の長屋の施主に安藤答えて曰く。「体を鍛えて頑張れ。」と励ましたそうな。変わってないなあ、相変わらず。その安藤氏独立当時から仕事の依頼が有ると自分の好き勝手に何をやってもいいと思っていたそうだ。この村野氏の一言で施主の要望もすこしは聞くようになったそうでそれでも三割ぐらいかなと語る。これからはまたやりたいようにやる。長いこと怠けていたと表現した。たいしたプロ意識である。

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 ■ 21-21デザインサイト(東京都)

東京ミッドタウン内に完成したばかりのデザイナー三宅一生を中心とした3人のデザイナーで運営していく施設で内容はこれからということのようだががデザイン発信基地というところか?その建築が完成するまでの話が面白かった。施工は竹中工務店。その所長がいかに建築好きか、世の中には変わったやつもいるもんだと安藤に言わせるほどだから半端じゃなさそうだ。どうせやるならああいう男と一緒に仕事がしたいと言う。全くそのとおりである。 

その所長、ほとんど現場泊り込みで打ち合わせといえば日曜日にしてくれということでさすがの安藤事務所のスタッフも困り果てていたとか。なにか家に帰りたくない事情でもあったんじゃなかろうかと聴衆を笑わせていた。

翌日がその所長自ら現場を案内してくれるという予定が組み込まれていたので早速参加した。日曜ということもありとにかく人が多い。前々日一通り見てはいたが再度入場。なるほど安藤氏が一目おいただけのことはあると思った。

休日だと言うのに一人だけ作業服のいでたちで熱の入れようが違う。一人一人の質問に熱心に説明してくれる。全国から一流の職人を捜し求めたこと。それがいかに高くついたかということ。積極的に設計変更の提案をしていったこと。そしてそれが採用されたりされなかったりの丁々発止の様子。この建築への入れ込みぶりは相当なものである。オタクなんてものじゃない宗教だと自分で言うほどのものつくりとしての強烈な誇り。そしてそれを許容する竹中の姿勢。

この仕事を引き受けるかどうかの判断を仰いだ時の社長の一言。当然予算を割る。「見せてやれ。うちの技術を見せてやれ。」もう一度入社試験を受けてこの会社に入り直してもいいとその時思った。四十過ぎだろうか、その所長は誇らしげにそう語った。

経済効率主義だけが跋扈し、ものつくりに従事する人々が自身を失いかけている現在の日本。今、必要なのはこういう合理主義、効率主義だけで割り切れない本来この国にもともと有って忘れ去られようとしているもの。情緒的なもの、あいまいなもの、そういうものをあまりにも粗末にしてきたのではないか。。

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 ■ 江戸東京建物園(東京都)

 広大な小金井公園のなかに明治から昭和初期の建物が移築されている。どうしても見ておきたいのが前川國男の自邸である。
他にも高橋是清自邸(2・26事件で反乱将校に暗殺された部屋が見れる。)や堀口捨巳の住宅。宮崎駿のアニメのモデルといわれる銭湯などがある。

 前川國男といえば筋金入りのモダニストというイメージが強い。近代建築の父と評されるる・コルビュジェの弟子3人の日本人建築家のひとりである。世界的建築家丹下健三も一時前川事務所に籍を置いていた。その前川自邸だが実際目にすると意外と繊細で小ぶりな印象であった。写真で想い描いていたのと違うのは当然といえば当然でよくあることだし、むしろその落差を楽しむために現地を訪れているようなものだ。骨太の木組みと切妻大屋根の造形が彼の代表作でもある東京分化会館の大庇と連動してのことであろう。闘将のイメージが強かったせいもあったのかもしれない。民家型特有の強い空間を想像していたが実際はモダンで上品な香りの漂う大変好ましいものであった。無論今は生活として使われていないことを考慮したうえでの感想である。
ル・コルビュジェ展

 ■ル・コルビュジエ展(東京都)

 森美術館で行われているル・コルビュジエ展に行ってきた。ル・コルビュジエの催しは昨年にも新宿の大成ギャラリーでも行われ、覗いてきたが今回はかなり大掛かりなものである。大成の場合はコルビュジエの若かりしの頃の旅のスケッチ展であった。スケッチは私が最も興味を惹かれるものの1つである。建築家にとってスケッチすることの意味は物を見ることと同義である。見ることによって新しい発見がある。感動を体内化する。したがってうまく描くくこととは関係しない。コルビュジエのスケッチは多岐にわたっている。部分から全体、遠景、実測とすばやく描いている。これから自身が造るべきものの方向性を決めるべくただひたすら手探りしているように思える。パルテノンのスケッチを見ていてルイス・カーンのスケッチを思い出した。パルテノンを見たことがその後のカーンの建築観に大きく影響を与えたらしい。実物を一度は目にしたい。

さて今回の展覧会はその規模、内容共に圧倒的である。ル・コルビュジエの殆どの仕事を網羅しているのではないか。建築は言うに及ばず、絵画、彫刻、模型、実現しなかった車のデザインから都市計画まで、人の一生でよくこれほど働いたものだとそのエネルギーとモチベーションの持続力、反骨精神にまず圧倒される。特に嬉しかったのがコルビュジエ自身のアトリエ、マルセイユのアパート、コルビュジエが最後に過ごした8帖程の家が実物大で再現されていた事であった。近代建築の父と呼ばれるコルビュジエだが日本の錚々たる建築家がいまだその影響から抜け切れずにいる理由もうなずけるような気がする。夢中になって学んだものが体のどこかに染み込んでいるのであろうが、あきらかにコルビュジエからの引用だと思われる形を目にする時、逆にコルビュジエとの建築に向かい合う姿勢の違いが浮き彫りにされてくると思う。

 ■1980年代以降の建築とフアッション「SKIN+BONE](東京都)

黒川紀章設計の新国立美術館で開催中の1980年代以降の建築とフアッション「SKIN+BONES」とモネ展を見てきた。モネ展の方は時間が無いこともあってパスする予定であったがつい引き込まれてしまった。会館前に着いたが日曜日と言うこともあってすでに待ち時間10分の状態。とても絵を鑑賞するというようなものではない。先月の上野のダビンチ展も以前ウフィッ美術館で見ていたこともあり、前を通りがかっただけであったが2時間待ちの状態で地方との差を思い知らされる。都城美術館など苦労して企画した展覧会でも閑古鳥が鳴いていて悲惨なものである。

と言うようなわけでモネ展のほうは「とりあえず本物を見ました。」言う程度の感想。おまけに肝心の印象派の命名の基となった作品「印象・日の出」は在ったのかどうかさえわからなかった。同シリーズの他の2点はあったのだが。記憶違いか?とにかく大変な混雑で車椅子でみえていた老人など人の波でおそらく、全く鑑賞できなかったのではないかと思う。日本人のモネ好きははじめからわかっているのだから全館使うとかもっと工夫してほしいものだ。商魂のたくましさだけが目立って芸術本来の役割が果たされてない。あべこべである。

おかげで、というわけでもないのだろうが『SKIN+BONE』の方は静かな雰囲気の中でじっくり楽しめた。鑑賞者の殆どは建築かフアッション関係の若い専門家だろうとおもわれる人たちがちらほら。建築、フアッションともに海外からの出品者も多く展示構成、内容も充実していて期待以上のものであった。時代の最先端をいく実験的な作品が多く、コンピューターが無ければできないというかコンピューターの可能性を限りなく生かそうという方向性が見てとれる。人間の創造性に限りが無いことを教えてくれる反面、一体その先どうなるんだろうという期待と疑問が入り混じる。これからの「ものつくり」において、あらゆる分野との融合が加速化していくだろう。それぞれの概念も大きく変化していくに違いない。しかし主体はあくまでも生身の人間である。環境や経済などクリヤーしていかねばならない問題も多い。これらとのバランスに成功したときにはじめて本当に進化したと言えるのではないだろうか。
  
GAギャラリー

 ■GAギャラリー INTERHATIONAL 2007(東京都)

千駄ヶ谷の建築専門のギャラリーを駆け足で巡ってきた。昨日の呑みすぎが祟って胃痛を抑えての行動で相変わらずの学習能力の無さに我ながらイヤになる。というわけで今回は簡単な報告だけ。「現代建築の最前線の動向を展望する。」がテーマ。第一線で活躍中の建築家の(日本8組、海外17組)の最新プロジェクトの紹介。その殆どが海外のプロジェクトで国際コンペで獲得したものだろう。かれらの挑戦は止む事が無い。学ぶべきはその心意気と思いつつもこの胃痛ではどうにもならない。さっさと退散する。ただ前回の住宅展が結構良かったもんだから今回無理してしまった。前回感心したのは若手の弟子ともいえる世代に混じって年寄り(失礼)の建築家先生が対等に出品されていたことである。どこまでも「ただの一人のものつくり」の姿勢にあらためて感銘を受けた次第。

新国立美術館

 ■新国立美術館(東京都)

六本木の基防衛庁跡に新しく建てられた黒川紀章設計の美術館。一階ホールに壊された防衛庁の建物の模型が展示してある。詳細は知らないがその模型を見て、壊さないで用途変更できなかったのだろうか、と思った。新美術館は四角い箱にくねくねのガラスのファサードをくっ付けただけのものだ。そのファサードに最大の特徴がある。最も力を注いだ部分だろう。ガラスのチップで構成されたくねくねは確かに美しくやさしい。が、それだけじゃないかと言いたくなる。くねくねの形にどんな意味が込められているのか知りたい。ずっと昔、規模は比較にならないが山下和正がくねくねのバルコニーの手すりを造ったのを想いだした。たしか施主であるダイエー中内社長の横顔を模ったものだったと記憶している。

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