・・・備忘録として・・・
■ 9月27 日(土)
落語
地方にいて直に落語にふれる機会は少ない。いや、落語に限らず文化そのものに接するチャンスが少ない。有名な絵画展などその殆どが福岡止まりである。だからこそ、こういう機会は有り難い。寺の恒例の行事であるがスタッフの一員として参加させて頂いている。
■ 9月13 日(土)
美しくあれ ・・・レンゾ・ピアノ(建築家)
[べレッツァ=美」という言葉を選んだのは、心の美しさなしには語れない言葉だからです。「美」は、見た目の美しさだけではなく、精神的な美しさを意味します。女性の美しさとは心の美しさです。美しい友も同じです。
それに、見た目が美しいものは機能性にも優れています。美と言うものは外見的なものではなく、精神的なものと分かちがたく結びついています。心が美しい人は、その内面がにじみ出て、本当に美しい。
建築は、そういう意味で美しくあらねばならないと思っています。
建築には、外面とか内面とかいった区別はありません。双方はふたつでひとつです。美が、なぜこれほどまでに人生の中で大切だと思うかというと、美しいと感じる気持ちは、とても強い芸術的な感情だからです。
美しいと感じる気持ちは、富や権力、勝利を求める激しい感情の動きに匹敵する数少ない感情のうちのひとつでしょう。実際、これらの感情が強烈なのは理解しやすい。負けがあるから勝利があり、貧困があるからこそ富があり、弱さがあるからこそ強さが存在します。
しかし、[美」はそれと相反するものを持っていません。美そのものが芸術で、それだけで素晴らしいもの、そして、強い感情なのです。ここで言う、真の、本物の美とは、すばらしい感情です。その他の強烈な感情に匹敵するほどの。
■ 9月6 日(土)
ふるさと緑陰講座
本好きが高じて、発足当初からスタッフの一員として参加している、ふるさと緑陰講座 の第1回実行委員会が、昨夜、庄内町の願心寺書院で行われた。
早いもので、今年で19回目を迎える。講師は庄内町出身で文芸評論家・現武蔵野大学名誉教授の大河内昭爾先生。毎回、先生の友人をメイン講師として迎えるという設定で、今年は女流文学者で、吉村昭夫人の津村節子さんとの対談形式。
思い返せば、第一回が俳優の林隆三氏との対談でスタートし、大盛況であった。久しぶりの対談形式で、どんな話が飛び出すか、今から楽しみである。
※ お二人の略歴など講座の詳細は「ニュース」をご覧ください。演目はまだ未定です。参加費無料。多数のご来場をお待ちしています。
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島津久光公の書(正二位と在る) 願心寺でのスタッフ会議の模様
■ 9月3 日(水)
「建築は力のある者、強い立場にある人間がつくるものだ」
建築家 鬼頭梓
インタビューの中で強く印象に残った言葉である。最初は何を言われたのか分からなかった。でも、お話を聞くうちに、「建築家は『市民のために』と簡単に言うけれども、建築は本当に使う人や、そこで働く人の思いを受け止めるように設計されているだろうか。そのことを建築家がいつも自覚していないと、知らずに実際の利用者とは関係のない発注者の都合に合わせて建築をつくることになってしまう」というのが真意であることを理解した。
*以上、建築史家の松隈洋氏の文より一部を抜粋
たしかに、その部分を聞いただけでは誤解を招きそうな言葉である。おそらくは、鬼頭氏が公共建築、特に図書館建築の第一人者だっただけに、そういったものを対象にした言葉であろう。
ただし、 発注者=市民=利用者である個人住宅の場合はもう少し説明が必要である。個人住宅の場合、発注者の都合に合わせることとその思いを受け止める事が先行する。だが、それだけでは建築家の役目を果たした事にならない。
発注者以外の市民、つまり、公共性、社会性,環境等について常に自覚的であらねばならない。「建築は力のある者、強い立場にある人間がつくるものだ」 は、建築家として自主独立の立場を貫き通す姿勢の重要性を説いたものである。従って、当然個人住宅も該当する。
■ 9月1 日(月)
追悼
建築家鬼頭梓氏の訃報を昨日の新聞で知った。
JIAの会長を請われて2期連続4年間勤められ、UIA世界大会では、北京・バルセロナと偶然、同じコースで行動を共にするという僥倖を得た。
近代建築の闘将、前川國男の元番頭格で ”気骨ある建築界の良心” というのが私の鬼頭氏に対しての印象である。
公共建築の設計入札制度に対して、入札をしない建築家の会に積極的に参加されたりと、一貫したその反骨精神と裏腹に旅先での印象は、ソフトで柔和、常に一歩引いてる感じの物静かな老紳士であった。
また、下は30歳代から上は80歳代まで、スケッチブックやカメラ片手に動き回る建築バカを尻目に、ひとり静かにじっと、まるでその建築のエッセンスの全てを味わいつくし、脳裏にしまい込むように鑑賞されていた姿が思い浮かぶ。合掌。
■ 8月31 日(日)
坂口安吾(作家)
無頼派作家 坂口安吾 を知る事になったのは、まさに偶然であった。
およそ、本とか読書などとは縁のなさそうな、東京時代の先輩によってである。当時、会社の寮として一緒に住んでいたマンションの一室に、安吾の「堕落論」が無造作に放り投げられていた。
表題を見て、なるほど破天荒な先輩らしいなと思いつつ、手に取ってパラパラめくるうちに衝撃を受けた。19歳の時であった。
そしてその後、安吾の著作には随分救われ、多くの影響を受けた。
ナチスドイツを逃れ、日本を訪れている時ものした、建築家ブルーノ・タウトの「日本文化史観」に対しての、安吾の「日本文化私観」は、建築を業としている者にとっても大変興味深い。
小林秀雄については、安吾の随筆や対談があり、二人の関係性が面白い。エッセイ哲学?の池田晶子が存命中、西田幾太郎や田中美知太郎など並居る他の先輩哲学者を差し置いて、小林秀雄のみを唯一尊敬できる人物として取り上げていたのが記憶に新しい。
■ 8月 13日(水)
小林秀雄(批評家)
「独創は本来、珍奇なものでも、華やかなものでもない、心を傾けて自分の資質が表現できれば、いつも独創的表現になるのである。」
人生の鍛錬 小林秀雄の言葉より
はじめから華やかさや珍奇さを狙ったものを独創とは呼ばない。
本来そのようなものではないのだが、誰にでも成しうる事ではないだけに、結果的に他人の目にそう映るだけの事である。
この箴言のミソは「心を傾けて自分の資質を表現する」というところにある。心を傾ける事も、自分の資質を知る事も、ましてや、それを信じて表現する事もそうたやすい事ではない。
全ては心を傾ける事に始まる。それを才能と呼んでいいのかもしれない。北京オリンピックを見ながらそんなことを考えている。
■ 8月 3日(日)
本 2冊ともデザイン系の本
伝統の逆襲 日本の技が世界ブランドになる日 奥山清行著 祥伝社
デザインの深読み 坂井直樹著 装丁 原研哉 イラスト 日塔なつ美 トランスワールドジャパン
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■ 7月 25日(金)
現場
物価高騰の煽りを受け工費調整で大幅にずれ込んでいた計画をようやく着工に漕ぎ着けた。
昨日,縄張りで建てる位置とベンチマーク(基準となる高さ)の確認。600坪の敷地をフルに活用した設計で余裕は有る様で実は無い。
人は,与えられた或いは自ら確保した枠の中で目いっぱいの要求を抱くものである事を,長年の経験の中で学んだ。
その枠とは,敷地の場所や広さや形状であったり,予算の多寡であったりする。そして,大抵はその要求の方が現実を上回っている。
したがって、もう少し土地が広かったら・・・もう少しお金があったら・・・などと考える事自体が意味を成さない。あらゆるプロセスを経ての結果で現在に至っているからである。
唐突だが私はモノつくりの現場というものが何よりも好きである。特に建築という共同作業の場合、新しい出会いの中で共通の目的に向かって,それぞれその道のプロが寄ってたかってひとつのモノを作り上げる。それが建築というモノつくりである。
猛暑の現地の中で,これから少しずつ形を成していくであろうその姿にあらためて想いを馳せ想像を膨らます。毎回の事ながら,新しい出会いの中での新たな闘いの始まり。
その目的・闘いとは良いモノ、いわゆる単なる「建物」でしかない形而下のモノを「建築」という形而上のモノへと止揚していく苦しくも楽しい闘いである。
であるからこそ、できうる限り数多く現場に顔を出し、その都度、考え、迷い、決断し、つまり設計は続いていくのである。何も無いゼロの状態からスタートし、最後の最後まで関わっていく設計監理者という立場で,今回もまた現場にまみれる事になるだろう。
■ 7月 11日(金)
品格
作家新田次郎、藤原ていの子息で数学者兼作家の藤原正彦の著書「国家の品格」以来品格ばやりである。
書店を覗くと「女の品格」、「男の品格」、「親の品格」、あげくの果ては[子供の品格」・・・?もたしかあったような気がする。ずらりと並んでいる様を見ると,むしろこちらのほう(出版社)にこそ品格を求めたくなる。
独創性を重んじる作家本人自ら,2番煎じ、3番煎じのタイトルなど採用する筈がないからである。などと考えるのは短絡に過ぎるかもしれない。そこには,当然その事にOKを出したか,或いはそれに屈した作家本人がいる。
いずれにしても,売らんかなの心根の卑しさが見え透いていて,端(はな)から手にする気になれない。品格というよりは,むしろ品欠くか貧格ではないかと言いたくなる。
周囲を見渡しただけでも,似たような例を挙げるのに事欠かないどころか増していく一方である。そしてそれは,必ず表現されたものに表れる。ごまかしの効かない表現の世界のこわいところである。
憎むべきは,それを恥としないその心根の卑しさにある。文学と建築の違いはあれど,同じ表現者として特に自戒すべきであると,心得ておかねばならない昨今である。
■ 7月 5日(土)
コンサート
酔った勢いで約束したらしいコンサートなるものに知人親子と行ってきた。
場所は宮崎県立劇場。正しくはメディキット県民文化センター演劇ホール。
演目 ”美しい映像と音楽とお話でつづるコンサート” [絵本作家 葉祥明 の世界」。
要するに絵本作家 葉祥明 の絵本を,映像をバックに俳優のナレーションとピアノ、トランペットで立体的に表現するというもの。
葉祥明が建築家 葉祥栄 の兄弟で熊本県出身、俳優の 榎木孝明 が鹿児島県出身で武蔵美を出た画家でもあるというところに興味を魅かれての約束だったのだろう。すっかり忘れていたが,何はともあれとにかく行って来た。
音楽に関しては,音の無い世界の方が気分が落ち着くせいか最近関心が薄い。トランペットは,その世界では高名なチェコ出身の ミロスラフ・ケイマル さんという。。たしかに素人が聞いても,他と比較して音の違いははっきりしているが,私的好みとしては,遠くから聞こえてくるトランペットの音(ね)が好きだ。
ちなみに,私の世代では,イタリア産まれでその美しい音色から”トランペットの詩人”と呼ばれた ニニ・ロッソ がなじみが深い。 [夜空のトランペット」 [夕焼けのトランペット] など,思い出すだけで気分が高揚してくる。
いずれにしてもコンサートの方は,構成に無理があり感動にまで至らなかった。が、書きたいことはそのことでは無く会場である劇場の建築のことである。
完成当初から作為に過ぎる外観のデザインに興味を失い,これまで内部に立入った事は無く今回が初めてであったが、予想通り,ディテールがうるさくて,こちらの方も感動には程遠いものであった。
■ 7月 3 日(木)
手描き
少しずつこのH・Pも,手描きの絵を増やしていこうと思い始めている。
ブログ形式のH・Pなのでデザインに限界があり、結構,ダサいのを承知の上で,更新の便利さを優先してきた。一新することも考えたがしかしそのダサさが反面,暖かさに通じるのではと思い直した。
この文章自体も,「ですます調」を避けているためやや排他的で堅い印象をあたえることを承知で書いていて、それを改める気はないことも理由の1つである。
IT化の波はもはや留まることを知らず様々なひずみを抱えながらこれからも走り続けていくだろう。
便利さを享受しつつ,反面疑問を抱きながらもやむなく追随するしかないアナログ人間として手描きの絵を増やしていく事でいくらかでもぬくもり感を出したい。少し長ったらしい絵手紙みたいなものである。
フォロ・ロマーノ 水彩 F10号
先月,入会した絵を趣味とする会より,出展を求められ,安易に引き受けて描いた風景画。締め切り間際で雨に祟られ外での写生ができず、やむなく以前訪れた時のスケッチを書き直したもの。と言ってもサイズが大きくなっただけで慌しく書いたのは同じ。(タイトルだけ先に風景画と伝えてあったので人物画や静物画に変更と言う訳にいかなかったという次第。しかも,夜人工灯の下で描くと言う,邪道に邪道を重ねる事を心得つつ。)ローマの圧倒的な迫力だけは今でも体に染付いている。あの感覚は何だったのだろう。ベネチアやフィレンツェでは全く感じなかった圧し掛かってくるような重圧感。絵の方は未熟なせいでなんだかテーマパークの作り物の石みたいになってしまったが、こんな水彩とも淡彩ともつかない絵ではとてもあのとき感じた不思議な感覚は表現できない。やはりローマの遺跡群は油絵の世界であると,描いてみてそう思う。イタリアはそれぞれの街が個性的でその歴史性や芸術性と相俟って実に魅力に富んでいる。叶うものなら何度でも訪れてみたい。
■6月24日(木)
建築家と先生
いつ頃から建築家(設計者)を「先生」と呼ぶようになったのか知らないが,私は呼ぶのも呼ばれるのも大嫌いである。現場にいた頃から設計者を「先生」と呼んだことは無い。もっとも,設計者が大学教授で年輩の場合は,正真正銘の先生であるから自然とそう呼んでいたが、それ以外は,○○さんと固有名詞である。当時の上司に問いただした事がある。「センセイじゃない!センセエ~と呼んでんだよ。」と返ってきた。揶揄しているのである。同じ1級建築士でも現場のプロであり、できる人程そのプロ意識は並大抵ではない。立場が逆になった今でも相変わらず嫌いである。「先生」と呼ぶ人には,「早く死ねって事?」とか「何ですか、先生?」と意地悪く返すようにしている。長年の業界の慣わしに従ってるだけという人もあろうが、本人に自覚が無いだけに,実に迷惑千万である。私にとって「先生」とは,人格識見共に兼ね備えた,その世界のプロ中のプロで最も尊敬に値する特別で稀有な存在なのである。
■6月22日
結露
例年のことながらうっとおしい毎日が続いている。この国の湿度の高さを痛感するのが,海外から日本に降り立った時である。むせ返るような湿気にまとわり付かれた瞬間、この国がいかに特殊な国であるかを実感させられる。初めのころは「こんな所に住んでいるんだなあ。」と慨嘆したものである。もちろん,生れ育った国なのですぐに慣れるが建築の方はそうはいかない。木造に限らずわが国の建築の耐久性の乏しさは,全てこの湿度に起因する結露対策の不完全さによる。安易な西欧のモノマネを多く見かけるが、こういう時期こそ,この国の住まい方についてあらためて問い直すいい機会だろうと自戒の意味も含めてそう思う。
■6月17日
本 : □思考の補助線 茂木健一郎著 ちくま新書。 □エネルギーダイエット住宅のススメ 大宮健司著 WAVE出版。 □禅と禅芸術としての庭 枡野俊明著 毎日新聞社。
■6月15日
考えるということ
設計という行為の殆どが思索する事であって、以前、或るクライアントに,「脳みそから血が出るくらい考えてくれ」 と,冗談交じりに言われた事がある。時間的制限が無かったとしたら一体いつまで考え続けるのだろうと時々思う。もっとも,数学者などは考えるのが商売でその頭脳の特性として,とにかく粘り強いという。日々の雑事に振り回されモチベーションの維持すら困難な状況の中、それでもというか、だからこそメタレベルの境地の快感は何物にも変えがたい。上に取り上げた茂木健一郎の言う「クオリア」である。
■6月12日
設計変更
ガソリン等に起因する物価の高騰が続いている。建築費も,鉄骨をはじめその例にもれず、設計中の物件が大幅な予算オーバーで,設計変更を余儀なくされた。大抵のことは仕上げ材等のグレード調整で対応できてきたのだが今回ばかりはそうもいかずお互い妥協点を探ることになる。計画中止という最悪の結果だけは何としても避けねばならないという状況の中、入会したばかりの絵の会から,展覧会出品の要請がきて引き受けてしまった。自らプレッシャーをかけてどうする?と思ったがどうなる事やら・・・・。
■6月10日
絵画と建築
もともと絵や彫刻が好きで建築の道に進んだのだが、スタートは現場からと決めていた。設計の道とは言え現場を知らなければ話にならない。その現場も始めは殆ど職人から教わる。生きた教科書である。高度成長期の現場は、突貫工事の時などまるまる2ヶ月休み無しという過酷さで、夜絵を描いてる時だけが唯一楽しい自分だけのひと時であった。その絵も建築に目覚めてからは建築と共にもっぱら視る事にのみ専念してきた。都市や,建築の鑑賞には,スケッチは欠かせないし、建築設計でイメージから形にいたるプロセスでのエスキースにも,数に限りがない。が、絵画とは,その目的からして全く違う。色彩についても建築でも扱うが同様である。一旦建築的なモノから意図的に距離を置くことにより未知の何かに出会えそうな気がする。その距離の置き方が新たな課題であると考えるのだが、ル・コルビュジェの場合は絵画のみでなく,彫刻も含めて建築そのものであった。そこに絵描きとしてのコルビュジエには物足りないものを感じるが、彼にとっては全てが建築だったのであろう。一日のうちの午前中は絵を描く事に費やし、午後から設計という生活を続けていたという。
■6月4日
タイトル変更
徒然日記を徒然記に変える事にした。毎日書いてこその日記であるのに書くほどの題材が無い。かといって仕事の話題は,公開日記では何かと差しさわりが生じて,自己制限をかけざるを得ない。ということで,当分は趣味の読書と絵画の話が主になろう。読書といっても,最近硬いものに取り組む時間が確保できず、やや、ストレス気味でなんとなく日々に流されてる感じ。絵画は取り組み始めたばかりで、とりあえずそっち系の入門書の紹介。
■5月27日
本
「縁側」の思想 アメリカ人建築家の京町家への挑戦 ジェフリー・ムーサス著 祥伝社
□世界最先端の現代建築家はなぜ、町家にハマッたのか? [縁側」 「玄関庭」 「通り庭」 「下地窓」・・・・自ら改修し、暮らすことで見えた伝統建築の知恵の数々・・・帯
□日本固有の「優しさ」から読みとく建築と文化
15年前、一人の若い米国からの建築家が私の事務所の門を叩いた。ジェフリー・ムーサスである。その後、京都に居を定めた彼は町家のリフォームをきっかけに、新しい建築家としての境地を切り開いていく。{「縁側」の思想」}はこの間の彼の目ざましい活動を自伝的にまとめるとともに、一貫して日本固有の「優しさ」が自然との対話、建築空間のあり方、そして人間関係に至るまで存在することを、彼自身の優しい眼差しを通して発見してきた、一人の建築家の優れた日米文化比較史でもある。・・・槙文彦(建築家)
□もしあなたが日本人ならきっとこの本に嫉妬するでしょう。・・・小山薫堂(放送作家・イエラボ編集長。
著者が日本の友人に是非視るように進められた谷中の朝倉彫塑館は以前訪れていたし(建築探訪・国内編参照)、谷中界隈も歩き回っていたので、親しみを持って一気に読めた。
おしゃべりなデザイン ニッポンのクリエイター12人のインタビュー集 聞き手:田村十七男 写真:六本木泰彦 編:real desigin
まずは表紙の装丁を御覧頂きたい。どうしても人の顔に見えてしまう・・・が、やはり人の顔でパラパラめくるページがおしゃべりするデザイナーの口という寸法。この本が対談集というところから生まれたデザイン。
客はアートでやって来る 山下柚実
現代アートを取り入れ、黒字経営を続ける温泉旅館 ・ 大黒屋73%がリピーターになるという [奇跡の宿」の正体とはーーー
■5月23日
本
□ 見えるアイデア ビジュアル・コミニュケーション・トレーニング塾 秋草孝著
基本はしなやかな感性、したたかな思考力、「アイデア」 + 「表現力」 これに尽きる。
□横尾忠則 画境の本懐
一昨年の宮崎県立美術館での個展以来実作に触れてない。実演もあつたらしいが後情報で惜しい事をした。今、最も会いたい人の一人である。
□ 正義はどこにも売ってない。 世相放談70選 - 坪内祐三VS福田和也
福田和也は建築家磯崎新との共著もあり、最近は時々TVにも顔を出している。黒川紀章設計の新国立美術館の批評には同感。
□ ヨーロッパの都市はなぜうつくしいのか 佐藤敬彦著
ヨーロッパの都市はなぜ美しいのか、という問いの答えははっきりしている。それは市民の美的なものへの関心が高いからである。日本では戦後、都市づくりの原理が経済効率主義のもとに置かれていることと対照的である。美的文化主義からすると、過去の遺産をいとも簡単に破壊してつくり替えはしない。古き、よき、さらにいえば、美しいものを保存し、修復し、生かして使うのが原則である。それが都市の個性であり、うるおいである。多くの名前の残らないすぐれたデザインが積み重なって都市の魅力をつくっている。ヨーロッパの都市は歴史、文化、美術の生き証人であり、その全体的な空気というものが都市を美しくしている。都市は美しく老いゆく時、一層深い味わいを増すもので、美しさとはそうした懐の深さ、ゆとりをいうのである。・・・・著者あとがきより。
■5月22日
絵
絵を趣味とする者同士で構成される J 会 に誘われて入会した。職業柄普段からスケッチは欠かせないが建築家の場合うまく描くことを目的としない事もあってか一種独特のものがあるようだ。建築家のスケッチとしてまず思い浮かぶのがフィンランドの巨匠アルバー・アアルトとアメリカの遅咲きの巨匠ルイ・カーンである。フリーラインでソフトタッチのアアルトと、光と影を硬質な強さで捕らえるカーンとでは殆ど対照的と言って良い。そしてそれはそのまま建築に反映されている。取りあえずはあまり余計な事を考えずに手当たり次第に数をこなしていく事を目標としたい。
■5月19日宮崎県の建築としてINAXのウェブサイト 10+1 に掲載される。
↓
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/2008/05/12204833.html
■5月18日
感動
悶心会での若い僧との雑談が面白かった。宗教の薀蓄を専門家の口から直接聞けるのは私にとって楽しみの1つである。親が浄土真宗だからという程度の、宗教心というよりはむしろ歴史的関心の方が強いのだが、日本の古寺や神社の境内の静寂な空間に身を置く時、何とも言えない安らぎを覚える。この地域では霧島神宮は好きな空間の1つである。建築的関心から言えば奈良東大寺の南大門にはアカデミア美術館のダビィデ像(ミケランジェロ作)の前に立った時と似たような感覚に陥った経験がある。純粋に感動し、余韻を持続させたいという思いがその場を立ち去りがたくさせる。
■5月15日
完成
意匠変更・・・長い時間をかけそれ相当のエスキスを繰り返しクライアントの了解も得て決定しすでに実地設計を進めている時に突然自ら変更してしまう。全てが押し詰まってきていよいよという時再度、はたしてこれがベストであろうか?と自らに問いかける。迷いや腑に落ちない点が生じたら他のあらゆる迷惑を省みずやり直す癖を相変わらず繰り返している。このことは工事が完了するまで延々と続く。やがてその工事も完了しとりあえずそれをと完成と呼ぶ。しかしそれはただ器が出来上がったに過ぎず、以後実際に機能し成長する過程において徐々に真価が問われ始める。
■5月12日
本:商いデザイン デザインと経済はリンクしている。永井資久
著者は現役のデザイナーでほぼ同世代である。活躍のステージも規模も比較にならないが言わんとしている事には全面的に共鳴できる。おそらくこれからの企業はデザインに対する理解無しに生き残る事は殆ど不可能に近いだろう。デザインはこれからの時代のまさにキーワードである。しかしデザインに対する社会の認知度はまだまだであって、これは地方に限らずこの国全体の問題である。隣の中国等の影響で国もようやくその事に気付いて重い腰を上げたとはいえ、今のところ極一部の大企業だけだという事は予想どうりであった。いずれにしてもデザイナー、経営者共にお互いのコミニュケーション力とバランスのとれた総合的な人間力が問われる時代である事は確かである。
視覚のいたずら 長尾みのる
著者はベテランのイラストレーター。視覚芸術の基本を数多くの自作の絵や写真入りで素人向きにわかりやすく解き明かしたものだが内容は深い。比喩にとんだその魅力的な文章にうっかりすると表層だけを読み飛ばしてしまうだろう。著者の豊かな経験と深い教養のバックボーンが窺えて安心して読めるのが心地よい。30年近く前の本だが時代を超えて新しい。前掲の本に比して全体的に柔らかく余裕を感じるのは挿絵のせいだけではないだろう。
■5月7日・
宮崎市高岡町のS歯科医院宮崎市役所現況確認立会い及び打ち合わせ。夕刻突然、知人のT君の焼き肉店プレオープン招待される。内装は全て手作りだと自認するようにデザインは言うに及ばず完成度に於いても素人仕事は一目瞭然であるが近年、特にこの地方では経済性が最優先されこのような例が数多く見受けられるがこの事は何もこういった一分野に限った事ではない。殆どの分野において「てげてげ」ですましてしまうのがここの地域性である。
■5月5日
仕事、読書共に中途半端、 無為のうちに過ぎていく連休。節句に食す「ちまき」は地方によって其々らしい。こんにゃくとこの「あくまき」(この地方での呼び名)だけは今年米寿のお袋の自慢の手作りで子供達から甥,姪、孫達まで評判が良く皆喜んで持ち帰ると本人が言う。
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田舎に人知れず咲く 満開の藤 思わず携帯でパチリ (鹿児島県曾於市末吉町)
■5月4日
スペイン在住の女流画家又木啓子さんよりメール。東京の建築家とのコラボ作品の感想とスペイン国クエンカ市の作品「太陽広場」でのイベント案内。辛口批評(タイトルが無かった。これが有る無しで鑑賞者はかなりの影響を受ける。従って的を外れているかもしれない。)を少し反省してこの場で紹介しておく。
ご案内
初春の候 ご活躍の日々かと存じます。
私事、2006年秋、スペイン国クエンカ市(旧市街は 世界遺産登録)ビジャ.ロマン公園内にある広場のデザイン及び制作をしました。
この広場は、直径30Mの円形で広場の南側に約7mの円錐塔が空に向かってそびえたち、 その影が広場半分の地面に刻み込まれたアナレンマによって、日時計の役目を果たしています。もう片方半分の広場には、4種類の腰掛け、仕掛けや遊び心のあるオブジェ2種、地面には、伝統的な遊びが、いつでも楽しめるように刻み込まれています。
今年2008年、この広場“Plaza TAIYO”での プロジェクトを下記に、ご案内申し上げますので、これらの時期にヨーロッパにお出かけの予定がありましたら、ご参加 または お立ちより頂けると幸いです。
A, 2008年5月23日
*この日の光の通過を確認 10.00AM、12.00PM、18.00PM
(オブジェ内にある“穴”が、この日の太陽光が通過するように計算してある)
*Plaza TAIYOの制作過程 映像上映 19.00PM *ドリンクパーティー
B, 2008年10月24、25、26日
*インターナショナル シンポジウム“太陽とアート”(日時計国際学会含む)
(学会、ラ・マンチャ州立科学博物館、Plaza TAIYO及びほかの日時計訪問、交流パーティーなど、) C, 2008年10月17日中~11月6日
ギャラリーJamete(旧市街 c/ Alfonso XIII )にて個展
*10月17日(金)オープニング20.00pm
連絡先 又木啓子 E-mail: keikomtk@sa3.so-net.ne.jp
携帯:090-6476-5586 自宅:0986-22-4930
携帯SPAIN:(+34)646646215 自宅SPAIN:(+34)969-211
■5月3日
10年以上前に手がけた葬祭場のオーナーの父君の葬儀に出席。今までこの建築の適当な完成写真も無くここにアップできずにいたので、事のついでに携帯ではあるが撮ってきて作品集ー1に付け加えた。また、中庭や駐車場の植栽も順調に育って随分落ち着いた雰囲気になっていた。
本 : 建築の出自 ・ 建築の多感 ・長谷川尭建築家論考集 長谷川尭著
建築を学び始めた頃 多くの影響を受けた建築家を論じた本で懐かしさも手伝って手にした。 2冊それぞれ10名と6名の建築家が登場する。 著者の長谷川尭は 昨年末、当時保存問題で大揺れに揺れ、どんでん返しで保存が決定した直後の都城市民会館を視察に訪れたばかりである。宮崎市の若手アーチストグループの招きで、その都城市民会館が講演の主題であった。設計者である菊竹請訓も当然取り上げられている。 現在は九州のミニ京都として賑わっている日南市飫肥のまちづくりのシンポジウムにもこの本に登場する今は亡き宮脇壇等とともに参加され30年近く経つが不思議なほど加齢を感じさせない。
■4月30日
基本設計中にドタキャンしたM医院の調剤薬局に変り次の薬局が内定したとの事。M邸プラン及び工期延長の件施主打ち合わせ。プラン最終決定。
本: 白井せい一 建築とその世界 貸し出したまま行方知れずになって半年以上経っていたが、先日ようやく手元に帰ってきた。昭和53年に限定出版された高価本を若かりし頃無理して手に入れたものだ。写真のように黒いハードカバーボックスの背表紙に申し訳程度にタイトルが付いてるのみで(3センチ角程度のものを糊付け)後は何も無いのがいかにも白井せい一らしいと磯崎新(日本の代表的建築家・大分市出身)が何処かで言及していた記憶がある。
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白井せい一 建築とその世界 親和銀行コンピューター棟(佐世保)
これまでに国内外数々の建築を見て回ったが中でも最も印象に残っているのが白井せい一の代表作のひとつであるこの親和銀行である。30年の前の事で専属の案内人がいて丁寧な説明つきであった。一地方銀行では稀有なことで、当時から外国人など一日10人以上の見学者が 訪れていた。白井せい一・・・一体何物なのか?カール・ヤスパースに師事した哲学者、建築士の免許を持たない建築家、書をものする求道者、そのとてつもなく深遠な世界に魅かれ続けてこれまで飽く事がない。
縄文的なるもの 白井せい一の建築と人 水原徳言著 著者の水原徳言氏は新潟の建築家で秋ノ宮村役場の設計の紹介など通じて白井せい一とは交友があり、また一時東北にいたブルーノ・タウトに師事していた事もあるという事をこの本で知った。所謂(いわゆる)建築評論家の文ではない。つまり、評論家が独自の視点で人物論や作品論を確立しようとするような気負いが見れらないだけに素直に読める。
■4月29日
T君来訪、ラフプラン打ち合わせ。連休明けまでに見積書作成予定。M邸の平面変更図面施主打ち会わせ。一部追加変更。その後初節句のお祝いで紹介され3次会まで付き合ったTさん宅へ同行。Tさん夫妻は鹿児島県長島町出身である。以前、熊本県牛深市で行われたハイヤ大橋( レンゾ・ピアノ設計。:パリのポンピドーセンターや関西国際空港の設計で有名)に関するシンポジウムに参加した際、通りがかった長島町の独特の海と丘陵は今でも目に焼きついて離れない。再度訪れてみたい所の一つである。
■4月28日
T整骨院開業の打ち合わせ。S歯科医院EV申請受付完了他。
昨日は昼の12時からM邸のお子さんの初節句のお祝いで場所を変えながらなんと8時まで酒豪揃いに付き合う。この地方ならではである。さすがに何をどう話したか俄かに思い出せない。今日が自分の誕生日である事を長女のメールで知る。還暦まであと2年。知人2人に誘われ夕食。2人共大変な読書家で緑陰文化講座のメンバーで一緒に活動している仲間であり、Yさんは一昨年自費出版している。当然、話題の中心は最近読んだ本の事。読書談義で盛り上がる。緑陰文化講座とは都城市庄内町出身の大河内昭爾(文芸評論家 ・元武蔵野女子大学学長)先生を中心とした、毎年夏に行われる文化講演会の事で今年で19回目を迎える。
■4月26日
久しぶりに実家の裏山の竹の子採りに帰る。かなり傾斜のきつい地形だが、今年88歳のお袋が頼みもしないのに付いてくる。今年は不作と聞いていてたいして期待もしていなかったが20本採れたところでやめ、それぞれ袋に入れてかついで持ち帰る。こっちは汗だくなのに元気なもんだ。皮をむいて持ち帰り、なじみの店にお裾分け。南九州の田舎は今、つつじの花が満開である。
■4月25日
M邸変更プラン作成、施主打ち会わせ、決定。設備設計・・M,K社協議。S歯科医院EV 申請書M社より届く。21日申請予定。
現在は大阪にいる旧友の子息が整骨院開業の相談で突然TEL、来訪。急遽、旧知の不動産業Mさんと一緒に物件案内。すんなりと内定。こういうものは人脈とタイミングで全てが決まるといっても言い過ぎではない。
夕刻から知人の若手現代版画家 黒木周さんの個展オープニングに出席。彼は中央でも活躍中である。会場は都城市中心部 オーバルパティオ 内に在る、昨年お世話になったT邸のオーナーTさんの美容室に隣接する撮影スタジオ。丁度良いスペースだ。展示作品の殆どが版画の中で新作のタブローが中々良かった。参加者の多くが知人で話題が盛り上がる。中でも今年から桑沢デザイン研究所に通っている次女がデッサン塾で師事していた女流画家の多田まりさんとは久しぶりであった。このような空間や催しがこの地方でももっと増えて欲しいものである。
M邸は大きな変更に至らず一安心。占い師によっては極端な場合、窓の殆どが無くなっていたりする。本: 図説 「史記の世界」 山口直樹=写真・編 益満義裕=文 司馬遼太郎がそのペンネームを史記を残した司馬遷から採ったのはよく知られた話である。まずは写真入の簡単なところから眺めてみることにする。人物評の参考にもなりそうである。
■4月22日
M邸の奥さんよりTEL。「間取りを占ってもらうので図面を下さい」。・・・すでに実地設計に入っているので急ぎの対応をお願いして図面を届ける。こちらが占い師を占ってやりたい気分・・・八つ当たりか。
M邸の地盤調査報告書届く、問題なし。 売りに出しているK邸(扇形の家」のkさんよりメール。経過報告し、オークションの提案をする。病状は小康状態を保っているようなので何より。
昼はいつもの週ごとの同窓食事会。相変わらずゴルフの話題で皆さん太平。さっさと引き揚げる。
本 : クラウス・べック=ダニエルセン著[エコロジーのかたち」・・持続可能なデザインへの北欧的哲学・・・集中できず司馬遼太郎著「以下・・・無用の事ながら」を拾い読み。司馬遼太郎のエッセイは人をほっとさせる。気分転換に最適。
■4月20日
愚妻17日ぶりに東京よりご帰還。とりあえず掃除洗濯・飯・猫の世話から開放される。宮崎空港では工芸品等の小物の物産展をやっていた。いろんな物を作ってる人がいるんだなあ、売れるんだろうか?同じ物つくりでも寄って集って(たかって)造る建築よりその殆どを一人で手掛けられる世界の方が充実感が得られそうである。特に建築の場合、昨年の法改正は改悪とも言うべきもので建築をつまらなくしてしまった。
■4月19日
M邸の地盤調査開始。スウェーデン式サウンディング、建物の4隅と中央の計5箇所、深度8,42メートル。好天気の中での作業は順調に進む。
夜は以前手がけた飲食店の3周年記念イベント出席。旧知の調剤薬局経営のTさんと久々に会う。これから手がける予定(別物件の薬局)のアドバイスを頂く。
帰宅していつものように読書。責任編集 渡邊直樹 2008宗教と現代がわかる本 僕の読書法は5~10冊をその時々の自分の興味や関心の度合いに応じて代わる代わる少しづつ読み進む、いわば並列法の読み方である。従って当然場所を限定しない。近頃は読んでもどんどん忘れていくのでとりあえず読み続けるしかない。
責任編集 渡邊直樹 2008 宗教と現代がわかる本
■4月18日
文化ホールで行われた第1回南九州経営者政策研究交流会という大仰な名称に多少の抵抗を感じながらも参加してきた。3時間あまり東京の経営者5名の自己紹介を交えた講演はそれぞれ熱意のこもったものであった。参加者総勢24名。
南泰裕著ブリコラージュの伝言 - 私だけの人生図面ー 再読。
ブリコラージュとはフランスの思想家の造語で、日本では「器用仕事」と訳されていて著者の好きな言葉だそうだ。著者は若手建築家。若い建築家の感性や思考を知りたくて手にした。
昨夜の聞心会及びその後の観桜会報告。参加者30名程度でいつもより多かった。京都とインド行きの案内があり一応日程表をもらってはきた。参加したいのは山々だが今の状態での参加はむつかしい。旧知の4人で2次会へ繰り出し建築論議。議論できる数少ない相手であり楽しいひと時を過ごせた。
隈研吾[負ける建築」を再読。「もともとは歴史にさほど関心が強かった訳でもなかったんだが。」と以前ご本人から直接聞いたがどうしてどうして生半可な知識ではない。まともに受けたらとんだ恥をさらすところである。[新建築入門」にしてもただの歴史書などでなく、その鋭い視点と独特の解釈はいわゆる教条的なとらわれがまったくなく、或る際どさと普通の当たり前さが微妙にバランスしているように感じる。その危うさが作者の魅力でもある。
以前手がけたO歯科医院の花が見事に咲き誇っていたので携帯でパチり。か細いステンレスワイヤーを伝っていけるだろうか当時は心配したが案ずるほどのことは無かった。この時期になると道行く人の目を楽しませてくれる。
■ 4月16日
M邸の既存住宅等の解体工事終了。特に天候に恵まれたわけでもないが予定工期より1週間早く終わる。やはり現場は段取り次第という事。小雨の中、偶然現場確認にきていた現場監督と鉢合わせ、しばし雑談。次は地磐調査(スウェーデン式サウンディング)と既存建物の滅失登記へと進む。午後よりS歯科医院リニューアルの件でO構造設計打ち合わせ、完了しすでに郵送済したので明日には届くとの事。既設建物の構造計算書が500枚にもなったらしい。建築確認申請不要物件でエレベーター申請用の構造検討書に対してここまで要求する役所。自己責任回避のみか?全く理不尽である。事務所にてH設計とM邸図面打ち合わせ。旧友のF氏来訪。 午後7時より近所の摂護寺御影堂にて聞心会例会。例会後、寺で観桜会の予定。
「不可思議の弥陀の誓いのなかりせば、なにをこの世の思い出にせむ」 (良寛)
既存建物撤去後の建設予定地
■ 4月15日
いつに無く来客の多い1日であった。そのせいばかりじゃないが進行中の図面が遅々として進まない。仕事がらみ以外に昔の異業種仲間や同業者等。話題は長引く経済の閉塞状況を反映して「とにかくどげんかせんといかん」。昼は週1回同い年仲間で続けている昼食会。特に新しい話題なし。夕食は飲み仲間に誘われて夜の街へ。ここも相変わらずの不景気風が半端じゃなく吹いている。帰宅してから読書。松岡正剛[日本と言う方法」・おもかげ・うつろいの文化。 旧友のスペイン・クエンカ在住の女流画家Mさんの新作版画展の案内が届く。場所はときわ通りのBLUELIBON.以前と比べて作風が幾分アニメっぽく変化していてなにやら村上隆風である。メールも入っていたが作品については一事も触れておらず、来日中のクエンカ市長が都城市に持ちかけた友好姉妹都市締結の話を都城市が断ったらしい。仲立ちした彼女の悔しそうな顔を想像する。
新作版画展案内状 松岡正剛著 日本という方法
■ 4月14日
M医院住宅部分の既存建物解体中の現場。付属建物とあわせて2班に別れて進めている。施主の胸中のみならず壊す側も複雑な心境。2箇所ある井戸のお祓いは4月8日の大安吉日に済ませた。普段何気なく過ごしていても神道の精神は日常の中に染み込んでいる。グローバル化が加速し、何やら訳のわからない現在の日本だからこそ、日本文化や伝統に意識的でありたい。夜、3年前の月刊現代を引っ張り出して読んでみた。「国家の品格」の著者藤原正彦の小泉政権批判およびその後の予想がピタリ。数学者にとっては数年後を予想する事など当たり前すぎる事かもしれない。ついでに現在乗りに乗ってる建築家隈研吾の「負ける建築」。これも数年前の著書だが建築家の危機について述べた章がこれまたドンピシャリ。数年前に当地都城の講演でその人となりに接しその後の動向に注目していたが、引き続き今後も目が離せない存在である。
■ 4月10日
本 : 関岡英之 「拒否できない日本」。 建築家の国際的資格制度の統一ルールをアメリカ方式でいこうというアメリカの戦略に中国が乗った。見返りは中国のWTO加盟とか。建築界のみならず、あらゆる分野で世界のアングロサクソン化が進んでいる。日本の場合、「年次改革要望書」がまさにそれである。NOと言えない日本ということか。 藤原正彦/小川洋子 「世にも美しい数学入門」。 2人の対談の大半が数学がいかに美しいか、美しさに感動する事がいかに必要で人を豊かにするかという話。センスのを磨くべし。 篠田知和基 「日本文化の基本形」。日本の伝統とかたちに関するものはどんなものでも気になってしょうがない。まだ流し読みしただけである。
■ 4月8日
我家は只今雄猫のナイルと2人暮らし。連れ合いは娘の入学式で上京中。たまのTELでの会話。 「ナイルはどうしてる?元気? 花にちゃんと水やってる? 庭に落ちたジャスミン掃いといてよ!」。 庭といってもコンクリート叩きのピロティである。もったいないのでそのままにしてある。
キャロライナジャスミン その生命力はきわめて強くこれまで手がけた建築にも何件か植えています。蔓性なので特にスペースの限られた場所に最適。
■ 4月7日
本 : 養老猛司、池田清彦著 「ほんとうの環境問題」。 国やメディアの情報がいかに信用ならないか目から鱗。事の本質をしっかり捉える事、垂れ流し的な情報に流されない事、自分の頭でしっかり考える事等々反省する事しきり。 クラウス・ベック=ダニエルセン著 「エコロジーのかたち」。読みきるには少々時間を要する。 松岡正剛著 「日本という方法」。
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