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中岡設計工房   宮崎県都城市 

鹿児島県 ・ 鹿児島 ・ 宮崎県 ・ 宮崎 ・ 都城市 ・ 都城 ・ 建築設計 ・ 監理 ・ 1級建築士事務所 ・ 住宅設計 ・ インテリアデザイン ・ プロダクトデザイン ・ リフォーム ・      

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家作り顚末記(住宅)

7月 7th, 2007 by admin

■ これまで手掛けてきたそれぞれの家には、それぞれのいきさつや条件の違いがあり、その結果がその人なりの「家」という形で残ります。それを取り敢えず「作品」と呼んでいますが「家作り」は「依頼した人」と「建築家」と「職人さん」とのコラボレーションであり、この三者の「共同作品」です。ここに書き綴ることが、少しでも参考になれば幸いです。

 ■ ■ ■  住 宅 編  ■ ■ ■

写真クリック(拡大)

■ 箱の家ー2(都城市) 

都城市内に建つ木造平屋のローコスト住宅であるが、購入予定の土地で2階建て案の基本設計が終了し,既に模型も提示してあったが土地の確保が頓挫し、新たな敷地での設計は平屋に落ち着いた。プランはRCマンションの3LDKに近い。若い施主の希望と予算の関係で外壁は流行の断熱材入金属サイディング張り、屋根はフラットな折版葺のシンプルな箱型住宅。

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BOXを欠き込んでできた彫刻的な南側の玄関廻り

■ 中庭のある家-3 (宮崎県小林市)

木造平屋建ての2世帯住宅で中庭を介してそれぞれの世帯が左右に分かれ、適当な距離関係を保っている。中庭のある家-2をスケールアップした感じであるが家族構成や敷地の相違等で当然のことながら間取りは全く異なっている。
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遠景  工事中

■ 大分の家 (大分市)

住宅雑誌ニューハウスを見ての依頼で、定年後即取り掛かる予定が嘱託として2年間関東方面に赴任となったため、一旦、白紙に戻したものが6年越しに復活した。当初2階建てで決定していたが予算オーバーで平屋に変更。職人、木材等全て都城産で施工し、6年ぶりに訪れた際の写真。ご主人手作りの立派な和風庭園がすでに完成し、しばし、ご主人の自慢話に聞き入る。又、来客も多く、大切に使いこなされている様子が窺え、都城から片道5時間を通い続けた苦労も今では懐かしい思い出である。

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低い軒で樋を隠したシンプルな外観

6、■ 中庭のある家-2(鹿児島県霧島市)

依頼を受けながら施主側の事情(身内の不幸)で一旦中止になったものが十七年ぶりに復活したものである。現地を確認しプランを始める矢先の事で、実質何もしていない状態だったのですっかり忘れていたのに相手が覚えていてくれた。建設地が以前と変わっていた。買い換えた敷地は新しく開発された戸数30戸程度の住宅地である。

東西北の3面道路で形状は東西に長く隅切りが大きい。この隅切りの大きさを生かして東西に長い亀の甲形の平面が自然に生まれた。屋根は近くにある縄文(上ケ原)遺跡にヒントを得て埴輪型が無理なく馴染んだ。(プロジェクト参照)
施主も気に入りこちらも頑張ったが実現しなかった。原因は施工会社の側にあり特命でこの仕事を受注した工務店と依頼主との関係性の問題で、立ち入るに限界があった。表面上の理由は設計が特殊で施工が難しく予算内ではできないということだったので他の会社の見積もりも提出し予算内で充分可能である事を証明したが翻ることはなかった。愛着のあるプランでいつかどこかで実現したいと考えている。(亀甲型の家 3 参照)

やむを得ずの妥協案が中庭のある家である。亀甲型の家(第一案)とはガラリと発想を変えた。南北方向の敷地幅に余裕が無く、南の隣家が迫って来ていて南庭が取れない。第一案では角度を45度振る事によってうまく処理できたが矩形案ではそれができない。そこで発想を変えて中庭に開放感を求めた。転んでもただでは起きない案ができあがった。

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    玄関 (西面)             中庭             玄関正面

8、■ むくり屋根の家(都城市)

都城市内に存在する当事務所設計を含むいくつかの住宅を見ての依頼である。いわゆるモダニズム建築は望まれていない。良かれ悪しかれ私の世代はモダニズムの影響を受けている。というより現在でも日本自体がそうであってポストモダニズムは一過性で終わった。が、所詮こういった話は建築界の中だけで閉じていると思った方が良い。

どのようなスタイルであれ、物として良いかどうかである。色々なプランを示しながら打ち合わせを繰り返し重ねていく中で相手の求めているものが少しずつ浮かびあがってくる。こだわりが深いほど矛盾する要望も多くなる。極端かもしれないがどこから石が飛んでくるかわからないと思うときも少なくない。我々建築家の総合的な力が試される時である。

依頼主の奥さんはインテリアに造詣が深く、専業主婦であるがインテリアコーディネーターの資格もあり、家作りに熱心で週一回の工程会議に一回も欠かさず参加された。文字通り共同作業である。家作りはそれぞれ趣味嗜好や条件が違うので、可能な限り依頼主の希望を取り入れ、職人共相談しながら建築家が調整し、取りまとめていく。より良いものを残すという目的を共有しながら皆が一つ一つ納得した上で事を決定していく。それぞれが自由に意見を出し合いぶつけ合う事が大事である。良いアイデアはどんどん取り入れ、設計変更は厭わないというのが私のスタンスで、最後にみんなが<自分が作ったんだ>と思えるのが理想である。そのようにしてこの家は出来上がった。

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   南側外観              玄関ギャラリー            D ・ K

5、■ 片流れ屋根の家(都城市)
                               
むくり屋根の家のIさんの紹介で相談に見えられたのが始まりである。Iさん同様、好みがはっきりしていて未来の生活像も明快だ。ただし一般解ではない。素材に対する好みが独特である。例えば内壁仕上げはラワンベニヤで赤ラワンに限るとか、木材は灰色に変化した古材的なものいいとか、屋根材は同じ鋼板でも折半が好きとか。つまり建築雑誌や流行に毒されていない稀有な人である。

プリミティブな物を自然素材と現代的な(それも決して特殊なものでは無く)素材をうまく組み合わせてしかもできるだけ安く作る。伝統を取り入れた質素なものを。間取りも家相にも配慮して同様な考えで。簡単に言えばこういう事であると解釈して設計に臨んだ。

片流れの屋根は素材とコスト面から決定し、メンテナンスと日本の気候風土(伝統)から軒の出を大きくとった。この家の特徴はその高さにあるが、二階建てを平屋に見えるようにという施主の希望からいうと、あと八寸は下げる事ができた。始めての付き合いの大工ということもあったが、工事監理(大工の切り込み時のチェック)が甘かったのが反省点である。設計より軒を長く出す事でカバーした。

ともあれ、楽しい家作りであった。特に施主のTさんの家づくりに対する情熱は相当なもので、材料選びから細かいディテールの事まで素直な自分の思いや疑問をぶつけてこられる。フットワークもよく現場に顔を出さない日はなかった。超ローコストであったが施工者も頑張ってくれ、予算以上の家に仕上がりに私の心配は徒労に終わった。やる気さえあればできるものである。引っ越して間もないのに自由自在に使いこなしている様子を見るのが何よりも嬉しい。これからどのように変化していくのか楽しみである。因みに造園は別途工事で全て施主の手になる。

※日本では明治時代に1尺=(10/33)メートル(m)と定められたので、1寸は(1/33)メートル、すなわち約3.03センチメートル(cm)となる。これは曲尺による寸であり、他に鯨尺に基づく寸などもある。鯨尺での1寸は約3.8センチメートルに相当する。

※中国では、1尺=(1/3)メートルと定めたので、1寸は約3.33センチメートルとなる。また、国際単位系のデシメートル(dm)にも「寸」の字を宛てており、区別のため尺貫法(市制)の寸を「市寸」、SI(公制)の寸を「公寸」と呼ぶ。
(ウィキペディァより引用)

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    東側                    南側              上棟
6 ■ ボックス型の家(都城市)

亀甲型の家 2(O邸)のご紹介である。親戚の工務店に依頼の予定であったが、提案してきたプランが希望する家とかけ離れたもので、要望も聞き入れられず悩んでおられた様子。親戚の場合、どちらかに甘えが生じるので時々そういった場面に出くわす。地方では特に多い。まともな工事監理ができそうに無いと判断したときは引き受けないようにしている。

この事例の場合、施工は3社の相見積もりであったがその工務店は見積書を提出して来なかった。設計図を見て見積もり自体をあきらめたらしい。地方で昔ながらのやり方で通している工務店は、チャレンジ精神に欠ける場合が多く、特に珍しい事ではない。特に設計が特殊というわけでもないのだが施工会社にも色々あるということで、初めての付き合いの時は特に慎重になるのはやむを得ない。

施主の両親の家の敷地の南側の一角が建設予定地である。後ろの家の日照の確保や、心理的圧迫感を軽減するために、極力ボリュームを抑えねばならない。要望のロフトつき子供室を取り入れて、尚且つ高さを抑えるという条件から緩勾配の片流れ屋根に決定した。最も無駄がなく、且つシンプルな形を最優先した。箱型はそうやって生まれた。家事をしながらでも子供の行動を把握できるようにしたいという吹き抜け空間を取り囲むように各部屋を配置してある。

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南側外観

12、■ L型の家(都城市)

予め、当社設計の住宅を五、六件リサーチしての依頼であった。お互い初対面の場合、信頼関係の基盤がない。特に家を建てるという事は一生に一回の大きな買い物で、決断に慎重さと思い切りが必要でご当人にとって大仕事である。こういう依頼のされ方は依頼された方も安心感があるし、嬉しいものである。

建物については、あえて、その特徴を取り上げて書く程の事も無いと思っている。住宅についての依頼人の要望というのは大体似通っていて、外観については洋風か、和風か、和風については瓦が好きか嫌いか、或いは格子戸が好きかどうか、内部においては、日当たりや風通しは当然の事として、収納がたくさん欲しい、キッチンの形式はこうで、畳部屋が一つは欲しいといったような事である。もちろんその他に細々と要望は次から次と出てくるが、「こういう雰囲気の空間の中で、こういう生活を楽しみたい。」といったようなイメージでの要望というのは、中々、最初からは出て来づらい。

依頼人の要望に忠実に答えるだけなら設計施工で充分である。依頼人の代理人としの工事監理の重要さは言うまでも無いが、問題は設計能力にある。建築家も作家である以上、名作といわれるものを残したい。私の場合、これまでの所、これといった自分の型はあえて創らずにきた。しかし、それでも、どこかに特徴は出てしまうものらしい。現在のところはそれで良いと思っている。「たぶん、あの家もあなたの設計でしょう」と言われ、それが意外と当たっているのは女性が多い。住まいに対する関心の度合いの違いもあるのだろうが、男性に比較して女性の方が一般的にセンスが良いし、好みがはっきりしていると思う。

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南西外観

24■ 片流れの家2(鹿児島県曾於市)

木造平屋の住宅である。平面はコの字型で家族の共有空間と個室郡を玄関を介して分けてある。コの字型平面はプライバシーの確保と、外部の自然と建築を馴染ませるのがその主な目的であるが、2棟に囲まれた中庭的空間は私の好みでもある。外観は片流れ屋根の組み合わせでデザインした。写真奥に見えるのは流鏑馬で有名な住吉神社。(建築雑誌ニューハウス掲載作品)

流鏑馬(やぶさめ)とは、疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を射る、日本の伝統的な騎射の技術・稽古・儀式のことを言う。馬を馳せながら矢を射ることから、「矢馳せ馬(やばせうま)」と呼ばれ、時代が下るにつれて「やぶさめ」と呼ばれるようになったといわれる。現在、流鏑馬は神社の神事として日本の各地で盛んに行われ、観光の目玉となっている。

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北側外観

11■ ドーナツ型の家(三股町)

建築雑誌ニューハウスに掲載された木造住宅「扇形の家」を見ての依頼で、同じ住宅を見ての依頼はこれで二件目である。扇形の家は諸条件等から必然的に導かれた形態であるが、ドーナツ型の家はその必然性とやらが全く無いごくありふれた住宅地の中にある。

敷地条件や施主の要望を取り入れたロの字型のプランを提案したが納得してもらえない。かといって間取りや機能性に対する不満でもない。恐る恐る言われたのが要するに四角い家は平凡でつまらないという事である。それだけ扇形の家の印象が強かったのだろう。どうして家は四角でなければいけないの?という素朴な疑問を抱いてる言葉は時々耳にする。木造では不可能だろうとあきらめている人が殆どだがこちらもできないとは言いたくない。ただ必然性が無ければ邪道である。いかし夢はかなえてあげたい。

歴史を辿ると家の起源は日本の縄文期に限らず、モンゴルのパオや南アメリカの原住民等殆どが円形である。子供の落書きにしても丸に始る。人間が最初に認識する図形が円であることを考えると円形こそが自然で直線や矩形は不自然と言うことになる。

かくしてドーナツ型の家となった。初めに提案したロノ字型のプランをそのまま丸くしただけの事である。和室の続き間など地方ではごく一般的な間取りであるため、外観の特徴が内部に反映されているとはいえない。むしろ扇形の畳など職人泣かせの部分が少なくない。しかしチャレンジングな職人は必ずいるもので彼らは職人としての誇りを失っていない。

新しい発見というほどでもないが丸い形というのはその連続性の故か壁という意識の存在感が薄い。地域的視点から言うとアイストップが生じないので、まわりにやさしい家と言えるのではないだろうか。例えば殆どの町並みは格子状に矩形で構成されているが、これが水玉模様になったときを想像してみればわかりやすい。つまり。全ての建物の角が無くなれば町並み自体が随分と柔らかくなり、何かほのぼのとした雰囲気が想像できて楽しい。

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10、■ 彫刻家の家(宮崎市)

宮崎市内の郊外に建つ友人の彫刻家の家である。店舗の設計でインテリアのメインとして、入り口正面の吹き抜け部分に、楠の木の大作を依頼して以来の付き合いで二十年近くになる。その彫刻家が、綾町(照葉樹林とつり橋で有名な観光地。ガラス工芸家や陶芸家等の芸術家、田舎の自然を求めての都会からの移住者が多い。)から宮崎市郊外に移り住むという事で相談があった。

彫刻家の現実は予想以上に厳しい。既に購入してあった土地が市街化調整区域(市街化区域と比較して相対的に安いが建てる事のできる建築用途が限られる。)という事もあって法的規制(都市計画法)をクリヤーするのに一苦労する。工房付き住宅の予定を店舗、ギャラリー付きに変更せざるを得なかった。工房を工場と見做して役所の許可が得られなかったのである。資金面など含めて設計以外に解決しなければならない問題が多かったが何とか着工にこぎ付けた。

設計は周知の間柄という事もあり順調に進める事ができた。お互いに楽しい時間である。私も気にいっていた鉄の彫刻作品にインスパイヤーされた、鋭角に突き出した大胆な軒が特徴的な家ができ上がった。。ギャラリーも、全面和紙張りの天井を通した自然光に満たされた吹き抜け空間である。この部屋はイベントや貸し画廊など様々な使い方が予定されており楽しみである。

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南西外観

7、■ 現代和風の家(都城市)

この家の近所に住む知人の紹介である。都城市の区画整理事業による建て替えで、以前は90坪の豪邸であった。老人の一人住まいであるが亡夫の残してくれた家のメモリーとして床の間付8帖2間を既存と同じプランで取り入れた為約50坪の広さになった。他に既存の障子、欄間等を再利用している。

入母屋のイメージのみを引き継ぎ、他はデザインを一新した。内部空間は屋根形状をそのまま天井とし、外観に落ち着きを与えるため軒高を低く抑えた分、南北の高窓から光を取り入れて明るい豊かな空間とした。物干しや物置などサービス部分は上履きで移動できるように床を板張りで仕上げ、大屋根を吹き降ろして一体化した。(写真参照)外壁珪藻土はカラーコーディネーターの娘さん(東京)が白色に決定したが正解であった。(私はアースカラーを考えていた。)庭園も既存のものを大幅に作り変えシンプルにして維持管理に配慮したものとなっている。又、東やを設け、外の生活も楽しめるようにした。(既存作り付け家具の杉の厚板をテーブルに転用している。)

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北側外観
4、■ 扇型の家(三股町)

依頼人の要求と敷地条件等から一般の工務店では手に負えないだろうという事で知人から紹介されたものである。生まれ育った都城の地で、都城のシンボルである霧島を眺めて老後を暮らしたい。生活は全てバリアフリーで。まだバリアフリーという言葉が耳慣れない頃のことである。迷った末に決めたという土地は北下りの勾配道路で北側から北東に向けて高い崖になっている。バリアフリーと言いながらロケーション優先で決めたのが一目瞭然。しかしバリアフリーは親の介護経験から学んだと言うことで絶対条件である。北西方向に位置している霧島山とは逆に敷地形状は北東側が南に後退していて境界いっぱいに建築を配置しても北西方向の霧島山が望める確信がない。立ち位置が空中はで確かめようがないのである。

崖高の2倍以上建物の配置を後退せよという宮崎県崖条例に従うと擁壁なしには建物を立てるスペースが無い。幾通りかの擁壁を検討するが予算上杭工事に切り替え、役所と折衝の末何とか許可を得る。結果的に写真に見るように宙に浮いた形になり、自然に手を加えないで済んだ。行政管轄と担当者(建築主事)の違いにによって結果は全く違ったものになるという実例である。コストは擁壁工事の十分の一と大幅にダウンでき実現の見込みが立った。

扇型は上記のように眺望と敷地形状、及びアプローチのスロープの距離を確保できると言うメリットから採用に至った。途中コスト上の理由から三角形のプランも提案したが、初期案のイメージに強いこだわりがあり妥協をみなかった。施主の粘り勝ちである。もともと現地でのイメージスケッチが生の形で現実化したもので、工事途中、大工がストを起こすなど最後まで苦しむことになった。施主であるKさんに「自分で提案して自分で苦しんでるのね」などどからかわれる始末。まさか採用には至らないだろうと高を括って挑戦的な案を出した結末である。しかし完成した時、「貴重な経験ができて感謝している」という還暦を過ぎた大工の一言が今でも耳に残っている。拝金主義、効率主義の優先する時代ではあるが、あらゆる物つくりに携わっている人には職人気質は確かあると信じている。また、それを掘り起こして、生かすことが建築家の役割でもあり、且つ、良い物つくりの成否を大きく左右することになると思う。
(ニューハウス掲載・表紙採用作品・プロフィール参照)

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北東外観

3、■ 亀甲型の家ー1(鹿児島県霧島町)

きっかけは一本の電話であった。以前建築雑誌に掲載された「扇形の家」を見ての依頼である。冒頭「私の作りたかった家に出会いました。設計をお願いしたい。」と言うなり、三日後には資料が届いた。老後を長年住んだ宮崎県北部の延岡市から引っ越して霧島の地に永住したいとの事。早速、現地での打ち合わせに入る。敷地は南下がりの急斜面で南側に眺望が開けているが基礎工事に予算が掛かりそうである。霧島独特の自然条件については以前に「陶芸家の家」やその仕事場とギャラリーを備えた「邑釜」の経験で大体は把握していた。いきなり降出す強い雨や標高の高さゆえの冬場の厳しい寒さなど。

予算は平地での相場で。メンテナンスはできるだけ自分達でできるように家の周囲に足場となるバルコニーが欲しい。二人住まいなので三十坪程度の広さで充分。木造で木を多く使いたい。というのが施主のKさんの希望である。雑誌を見ての依頼なのですでに相手側にイメージができている分、話が早い。早速プランに取り掛かる。

敷地形状(不整形で傾斜地である)から発生するアプローチの負担の軽減、眺望、台風に対する備え、坪数と予算の関係、間取りやデザインと構造との整合性、通風や採光、建築基準法など設計過程で同時進行的に検討する課題は多い。定石に従い矩形案(直交グリッド)から始めるのが私の手法であるが中々腑に落ちる案にまとまらない。斜交グリッド(45度)を組み合わせる案が浮上した事で前記の課題が一挙に解決した。最初に提案したこの案のみで採用に至り、結果的に亀甲型のプランになった次第である。

直交グリッドと斜交グリッドの組み合わせによる強度の効果の程は以前「三角形の家」で経験済み。建て方時の立ち直しで大工が苦労した。筋交いを入れる前でもびくともしない。火打梁等の水平斜材は不要というのが実感である。他にも機能的メリットとして中廊下が省略でき、しかもワンルームの単調さも回避できる。また採光、通風にも大変効果的である。技術的にも直交グリッドプランと比較してもたいして変わらない。

基礎工事のメリットは、傾斜地特有のもので、東西方向の長さが短くなると同時に南北方向の高さも必然的にも短くなる。ここの場合、コンクリート製布基礎を採用した為、土圧の負担も軽減できた。冬場の寒さには暖炉で対応している。風雨対策としては一枚の屋根をシンプルに吹き降ろした。結果的に傘を開いた形になり、その骨組みを内部にもそのまま表現し、さらにその骨組みをトップライトの自然光で強調したことにより変化のある豊かな空間が得られた。

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南側外観 

 2、■ 亀甲型の家ー2(都城市)

斜交グリッドの2件目の応用例が「角地の家」である。夫婦揃ってわが事務所に直接訪問の相談である。事の顛末を伺うととにかく時間がない。一年前に依頼して、しかも提案してきたプランに希望が全く取り入れられていない。住宅金融公庫の設計審査期限が二週間後に迫っている。依頼先は設計施工の工務店。申請手続き等でお世話になっていて迷った上での相談である。取り出した写真集の中に当方の手掛けたものがいくつかある。相手にイメージを伝えるために数多くの住宅を見て回られたという。

設計事務所の存在を知りながら、敷居が高くて二の足を踏む人は多い。その理由として設計料が高いという思い込みが最も多く今回の事例もまさにそれであり、意を決しての相談であった。当方ができなければあきらめるとおっしゃる。断る理由など全くない。こういう人のためにこそ我々の存在がある。

こちらは「霧島の家」と違って市街地の角地(北側道路と西側道路)に建つ木造2階建てである。敷地の形状はほぼ正方形。南側に木造2階建てが迫って建っていて、東側は空き地で開けている。東西に平行して建てるのが常道だが、あえて、東方向に45度振って視線の開放を求めた。そうすることでできた敷地の角を2方向から出入り可能な駐車スペースとする事ができた。

どちらの例も東西方向に長い亀甲型の六角形で、文字通り外壁は六面ある。45度振った外壁は西面に正対しないので西日の直射光が避けられるのと同時に、通風上も大変有利である。市街地で均一に配置された家並みに多少の変化が与えられ、景観上も貢献できると考えている                                            
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       北東外観                 階段             D ・ K
模型
1、■ 亀甲型の家ー3(計画案)

これまでの斜交グリッドの家の屋根の掛け方を工夫して空間と造形の変化を試みた、いわば亀甲型の発展型で、一度提案するチャンスに恵まれたが実現しなかった。建設地が鹿児島は上野が原遺跡に近く、縄文時代の住居から発想を得たものである。(写真参照)さらに改良を加えてローコストタイプの一般的な住宅として、広く普及できるものにしたいと考えている。

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36■ コートハウス3

木造在来工法の平屋建て住宅で友人の住まいである。家族構成は夫婦+子供2人。閑静な住宅地に建つ。電工関係の代理店を営んでいる関係で建材および照明器具等、殆どが指定メーカー品を使わざるを得ず、設計上の制約が大きかった。選択肢が限られることになるがその中でできる事をやるしかない。そこから思わぬ発見が生まれることもあったりするのだが、ここの場合自然材を使用できなかったのが残念であった。

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南東外観

16、■ 方円の家(都城市)

二十代の若夫婦がいきなり訪ねて来られた。二人のお子さんの一人は抱っこして、もう一人は手を引いて。自分達の力だけでできる家を創りたい。超ローコスト(総工費1100万円・設計料込み)だが受けてもらえるか不安だったが、高い敷居を思い切って乗り越えてきた、と、おっしゃる。予算だけ守っていただければ、あとはまかせると言う。いやあ、最近、少なくなりましたね。こういうお客さんが。われわれ建築家にとっては、最上級の依頼人です。いやでも気が入ります。とうに還暦を越えた棟梁とその息子の大工共々、大サービスで頑張りました。気持ちは通じるものでニューハウスの編集者もトップページに掲載してくれました。

円と言っても実際は八角形である。パブリックゾーンとプライベートゾーンを玄関ホールを挟んで明確に分離してある。それを外部にも円と矩形というかたちで、そのまま表現した。矩形の屋根が勾配なりに伸びて、アプローチの誘導壁と前面道路との境界塀をね、○、△,□で組み合わされた外観構成となっている。(ニューハウス掲載・トップ記事採用作品)

後日談だが、その後、宮崎に住む施主の祖母(80歳を越えた)からの新築の依頼があった。区画整理で建て直しを余儀なくされ、宮崎市から都城まで1人で汽車で訪ねて来られたのには、驚くと同時に恐縮したのだが、同時に、自分の事は自分でという姿勢に、血脈というものを感じさせられたものである。

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東側外観                 アプローチ

35■ 光の透過する家

いわゆる隠居住宅で知人(NO23・切妻の家3)の父君の1人住まいのための木造平屋住宅である。従ってバリアフリーでシンプルな間取りを心がけた。広めの中廊下タイプで切妻の屋根形状をそのまま現しトップライトとの相乗効果で内部空間の広がりを意図した。さらにその光を透明アクリル勾配天井を通して各室の採光を確保している。その形状を外壁にデザインとして表現してみた。旧知の間柄で全て任せて頂いたので住み手の意見や要望は殆ど入っていないが特別苦情もないので満足していただいているものと勝手に己惚れている。

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34■ 方形の家
NAギャラルーのオーナーの家である。「いかにも建築家の作品といった家は嫌いです」と好みがはっきりしていたので逆にやりやすい面も多かった。大概は住宅展示場のイメージを引きずっていたり、建築雑誌の切抜きだったりで依頼主の苦労もわかるのだが、旧知の関係という事もあり全てが順調に進んだ。

家が完成して住みだすと住んでる人の家に対する愛着やセンスが窺える。ここの場合徹底していて自分の審美眼に適うもの意外所有しない主義で、常に片付いている。新しい生活が始まると住んでる人の性格が如実に表れる。それを拝見するのも又ひとつの楽しみでもあるが学ぶ事も多い。

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33■ 切妻の家2
知人の従兄弟の木造2階建ての住宅である。工事に着工して10年以上できなかった子供ができてしまった事で多少、施主の将来の住まい方にに対する考え方に変化が生じたような記憶があるが、間取り等大きな変更は無かった。定期的にメンテナンスも行われているようで比較的状態が良い。

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32■ 和風の家5
茶業を営んでいる知人の住宅である。日本茶=和ということで和風の理由も其処からきている。伝統的な和風の場合、制約が多く創造性が発揮しにくい面も有り、特筆するべき事はないが本格的な和風の作法に乗って作るならばかなりの予算が必要になる。従って平均的な一般住宅の場合、表層的なスタイルに終始することになる。この家の場合、切妻の大屋根と塀の効果が大きい。

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31■ コートハウス2
不動産業を営んでいる知人からの依頼で私にとっては初めての建売住宅の設計である。通常、建売の場合、採算性を優先するために建築家が関わる余裕が無いと思われるが、当物件は依頼主が知人だった事もあり、また、予算的に多少余裕もあるという事で、注文住宅に近いプランができた。密集地ではあるがコートハウスと言う形式は建売では贅沢で採用しにくい。単なる箱型に比較して高くつくが、予定より早く売れた。建築は受注生産であり、依頼主の要望に応じて作るが、建売は買い手が未定で提案型なので本来はこちらの方が設計の自由度が高くて面白い筈である

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■ 30和風の家5
友人の家で依頼主自身も設計者である。1級建築士の家はこれまでに3人設計したが皆友人で現場監督であった。同業者は初めてである。医者や弁護士でもそれぞれ専門分野があるように同じ1級建築士でも得意とする分野が違う。詳しくは[建築家ってどんな人?」をご覧下さい。

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※1級建築士

昭和25年に建築士法が制定され、一級及び二級建築士が誕生して以来50年以上がたち、また、昭和59年からは木造建築士も誕生しました。この間、国民生活の向上、社会経済の成長、技術の進歩等が著しく、建築物においても量的拡大 ばかりでなく、大規模化、多様化、高度化、新技術の導入等が急速に進行しております。このため、建築士の業務は量的にも質的にも拡大し、豊かな環境を創出する担い手とな っており、今後一層建築士の活躍が期待されています。

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29■ 片流れの家3
木造平屋の小住宅で知人の友人の家である。コの字型で中庭を介してDKLと子供室が向かい合っている。写真は東南からのもので左が子供室、手前は道路である。あえて子供室を北面させ、道路側は小さい高窓で音や視線を防いでいる。設計については予算を提示された以外は殆どおまかせであつたが、敷地条件や周辺環境が強く作用するのは何処の場合でも同じである。

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28■ 洋風の家1
洋風の家がどのよう家をさすのか明確な定義があるわけではないが、とりあえず、スパニッシュ瓦を用いたということで便宜上名づけた。平屋でもかまわないが、できれば2階にプライベートな部屋が1室欲しいという事でこのような形になってしまったが屋根の形態はハンググライダーの基地や渡り鳥のさしばで有名な金御岳に対応し、方向もそちらを指している。初期の頃のものである。

※さしば
本州北部より南に夏鳥としてやってくる。 冬には東南アジアへわたる。 丘陵地(きゅうりょうち),低山帯の林にすむ。 ヘビ,トカゲ,カエル,ネズミ,バッタなどをとって食べる。 「ピックイー」か「キンミー」と聞こえる声でよく鳴く。 差羽または鶆鳩(さしば) …

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27■ 和風の家4
和風入母屋作り腰葺きの平屋建て住宅である。知人の叔父さんが依頼主で老夫婦の2人住まい。南北に細長い敷地で和風庭園のスペースの確保に工夫をした。造園工事は別途で、建築と造園の見積書のわかりやすさの違いを指摘された覚えがある。建築の場合職種が多岐にわたるせいもあって単純に比較できないが、内容を丁寧に説明する事で解決できる問題であると考えるが、書式が各社まちまちで比較検討が面倒である事の他に、原価と経費、利益を明確にする事が理想的である。

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26■ 緑道沿いの家
友人の家で30年前の家である。初めて登り梁工法を試みた記憶が蘇る。現在の家造りと比較して、随分、周囲の事情も変化してきている。これまで手がけてきた住宅(併用住宅を含む)を順不同に、自分のための記録の意味も含めて書いてきたが、古い物ほど新しく書き込むことになってしまった。従って、これから創る家の詳細(写真)は作品集で紹介する事にして、ここではこのまま、家ができるまでの顛末を、記憶を頼りに記していく事にしたい。

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25■ パークサイドの家(都城市)
リバーサイドの家の続編とも言うべき住宅で両家は親戚と言う関係。リバーサイドの家を見ての依頼である。家作りを依頼する側にとって、誰にどうやって依頼するかは、一生一度の大決断である。失敗したといってやり直しは効かない。従って、特に地方では、友人とかその紹介、または親戚筋の建築関係者に頼る事例が多い。特に建築やデザインに関心の薄い人には難しい問題だろうと思うが事前の下調べは大事であるが、向こうがRC造だから、この予算でできるならうちもRC造で、といった程度でRC造に決定した。家に対するこだわり様も人様々である。

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23■ 切妻の家3(都城市)
平均的な住宅に比較するとやや大型の木造2階建ての家である。セキュリティの面での要望が求められたが、現在ほどこちらの意識も高くなく、この家を建てた頃に比較して、最近は住宅の性能に対する意識も格段に高くなり、ネット社会の発展で家の作りようそのものが大きく変化してきている。

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22■ 和風の家3(都城市)
この家も初期の作品で、帰省後一時期勤務していたゼネコンの上司の自宅で、この時は既に独立していたが、社内コンペに特別招聘され獲得したものである。庭好きの施主の手で完成された庭園が既に有り、それをいかにうまく取り入れるかがテーマであった。当時、設計し工事途中(上棟後)頓挫した、和風住宅を買受、その材料(木材、瓦)を組みなおし再利用しての変則的な施工であった。

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21■ セルフビルドの家
依頼人は型枠大工でRC造の理由もそれによる。独立後間もない頃の仕事で施主と二人で作ったという思いが強い建築である。この頃は建築家東孝光が好きでこの住宅もその影響下にある。RC造のセルフビルドが珍しく地元の新聞で紹介された記憶がある。RC造壁式構造二階建ての専用住宅でコンクリート打ち放しのままの表現を提案したが採用に至らず、結局、白い塗装仕上げに落ち着いた。

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20■ 三角形の家(都城市)
知人の家である。三角形は敷地形状から必然的に導かれたもので専門家の目から見ても、「よくもわざわざこういう地形のところを選んだものだ。」と思うほどの変形地である。その地域に対する愛着とロケーションの良さを優先させたらしい。大小二つの三角形を繋げたような土地で大きい方の土地に主要な部分を、小さい方に増築予定の客間を配し、最終的な完成形として設計したが、増築予定が頓挫し、外観のバランスを欠いたまま今日に至っている。

ロケーションの良さは、反面、南九州特有(最近はそうでもない)の南東からの台風に備えなければならないが、怪我の功名でこの三角形が効力を発揮している。元来、伝統的な日本建築は垂直、水平材のみで構成される貫構造であった。筋交いや火打ち材による三角形で水平力に対抗する知恵が法制化されたのは近年の事である。この家の場合、平面的に建物ごと三角形で構成されており、その効力の程は建て方時、さっそく現われ、立ち直しに苦労した事が思い出される。

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19、■ リバーサイドの家(都城市)
高校時代の同級生の家である。建設業を営んでいたが土木が主体であったので、ゼネコンに勤務していた、やはり同じ同級生の会社に特命で依頼、現場監督として指名して、建築科を卒業した同級生3人で創った。施主以外は当時まだ独身であつた。お互い東京で修行した為、木造よりはRC造を得意とした。内部の空間構成は、敷地の高低差を生かしてスキップフロア式の3階建てである。外部仕上げはコンリート打ち放しに半透明の塗装で仕上げてある。写真手前の手すりは川に掛かる橋の欄干でここから家まで川を挟んで約50メートルある。

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18、■ コンクリートつ打ち放しの家(都城市)
知人からの直接の依頼である。コンクリート打ち放しは、予算以外、施主の唯一の要望である。ただし、予算は木造の相場である。基本的な間取りの考え方は方円の家と似ているが、形態も構造も全く違っている。玄関を挟んで左右にパブリックゾーンとプライベートゾーンを明確に分けている。それをより強調するように、玄関・玄関ホールは一枚のガラスで覆った。

将来の家族構成の変化に対応できるように、南側にコンクリートの壁をL型に延長しておいた。コンクリート壁式構造の利点である。後は木造で簡単に増築できる。家具工事のみ別途であったが当時の予算で900万円以内で収まった。(1989年完成)

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17、■ コートハウスー1(都城市)
施主の通勤路の途中に有る、私の設計したコンクリート打ち放しの住宅を見ての依頼である。見たと言っても見学されたのではなく、歩いて通勤されるので、工事中からずっと関心を抱いて、毎日会社の行き帰りに見ていたらしい。都城近辺の仕事は、杓子定規の工事監理というよりは、昔、現場監督をやっていたせいか、1日1回は現場に顔を出さないと気が落ち着かない。それを目にしていてこちらは知らないが向こうは知っていたのである。

漠然とした要望だったが、構造は鉄骨造が良いという。理由を聞いてわかった事だが、予算的なことで木造が最も安く、次が鉄骨造、鉄筋コンクリート造が一番高いという思い込みからであった。それぞれのグレードの問題であって、必ずしもそうでないところが建築のおもしろいところである。鉄筋コンクリートの特性を生かし、コートの視覚的効果を生み出すために一部R型を用いた案に決定。軍隊時代の上海を思い出して気にいったというのがその理由。

上海ではたしかに円形を取り入れた住宅がよく目についた。理由はわからないが上海特有のことかもしれない。上海ではないが客家などは円形と矩形の2種類あって、円形のイメージのほうが強い。しかし客家は中国でも特殊な事例である。北京の天壇もやはり特殊と考えたい。他の都市、西安、敦煌では目にした記憶が無い。一回きりでしかも数少ない経験で、かなりいい加減である事をお断りしておく。このような視点から中国建築を探っていくと意外と面白い事がでてくるかもわからない。中国は時間的、空間的に深遠広大過ぎて何が出てきても不思議ではない。

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15、■ 造園家の家(都城市)
知り合いの造園家の家で、時々、仕事の依頼をしていて、お互い良く知っている。京都で修行した庭師で、要望は当然、和風である。敷地の広さが充分あり、将来は樹木で周りを覆い、家は見え隠れする程度にしたいというのが希望で、そのために高さを低く抑え、平面もコの字型の片一方をくの字型に開いて外の自然を取り込む形とした。時が経つにつれて、外の自然と一体となった落ち着いた雰囲気になるだろう。施工は特命で施主の従兄弟の大工が請け負った。身内に依頼する場合、常に想定される事であるが、お互いに第三者的な割り切った関係が保ちにくいので、どうしても詰めの甘い仕事になりがちである。その場合の監理が非常に難しい。この事例の場合もややそういったものが感じられた。

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 東側外観       玄関アプローチ手摺 東南角地の小庭

14,■ 和風の家(都城市)
住宅ではないのだが以前創った「NAギャラリーー」が気に入っての依頼である。用途も敷地条件も全く違うのだが、依頼される方としてはそういうことは問題ではない。依頼する方も同じであろうと思う。感性というか相性が合う事のほうが大事である。

和風の家は、市街地のいわゆる狭小敷地で、敷地面積は30坪そこそこしかない。東西2面道路の角地で、南側は目の前に隣家が迫っている。課題は居室の採光である。ここの場合、2階の中央をフラット屋根にして、トップライトを設けた。フラットな屋根には木製スノコを敷き詰め、物干しスペースにしている。リビングは吹き抜けにして、東側の高窓からに頼っているが、思いのほか明るい空間になった。
和風の外観は施主の希望による。外壁は、黄色の色漆喰でNAギャラリーのイメージを引き継いだ。(建築雑誌ニューハウス掲載作品)

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13,■ パッシブソーラーの家(都城市)
直営方式で造った知人の家である。直営方式とは、いわゆる分離発注(オープンシステム)で、建築主がそれぞれの専門業者と直接契約を結ぶ。通常は一括請負方式で、契約相手は建設会社一社のみである。一括請負も建設会社に全てを任す設計施工と、設計監理と施工を分けて依頼する二つの方法がある。後者の場合は契約相手が設計事務所と施工会社の二社になる。

設計事務所については[建築家ってどんな人?」を読んでいただきたい。質問は「相談コーナー」、または掲示板をご利用下さい。

分離発注とは
専門工事会社、普通は下請さんといっていますが、大工さん、 板金屋さん、建具屋さん、塗装屋さんというような会社です。実際の施工現場においては、本当の主役はこの人 たちなのです。住宅の場合は15社から20社くらい、ビルなどの大きな工事だと30社、40社もの専門工事会社 の参加が必要になります。

分離発注(オープンシステム)の特徴
・ 建主が主役 / 建主の希望が直接反映する / 建主も工事に参加できる
・ 原価を公開し中間経費のない家づくり /  工事費の流れがオープンで価格が透明である
  → 安くなるのは結果であって目的ではない
・ 設計者/建築事務所によるきめ細やかな工事監理
・ 各専門工事会社がそれぞれプロであるという専門意識を持ち工事に携わってくれる
・ 工事中や完成後も補償制度がある
分離発注を依頼するのはこんな施主
一番多い施主の傾向は、元請業者とのマージンをなくすことによって、コストを下げたいという『価格優先タイプ』である。
二番目には、時間的に余裕があり自分で参加し、二人三脚でつくりたいという『自己参加タイプ』が見られます。
三番目には、自分がゼネコンや建設関係会社等にいて海外の分離発注方式を知っている『セミプロタイプ』である。

『価格優先タイプ』は、自分が建築主=元請工事業者的存在ということを忘れがちで、設計者の苦労が多い施主である。
『自己参加タイプ』は、「自分で色々なことを経験してみたい」、「本当は家づくりの仕事がしたかった」という傾向がある。 フットワークがよく、現場にも多く来られるので、この方式に向いているといえる。
『セミプロタイプ』は、工事業者のことも建築業界のこともよく知っているので、話は早く、分離発注方式に向いている。 ただし頭では理解していても、いざ始まってみると、わかっているようでわからない部分もある。

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